探偵の本当の名前
二つ目の質問。
マスカなのに、リュクレーヌは何故乖離が起きないのか。
マスカは一ヶ月で乖離する。フランがリュクレーヌと出逢って半年。
とっくにタイムリミットは過ぎているのにも関わらず、乖離は起きなかった。
──だとしたらファントムが乖離のタイミングを操作しているのだろうか?
だが、そんなフランの予想とは裏腹に、意外な答えが返ってきた。
「俺が俺自身に憑依したマスカだからだ」
マスカの乖離の原因は、精神と肉体の不一致によるもの。
確かに、自分自身に憑依してしまえば乖離は起きない。
理にはかなっている。
「え、マスカは自分自身に憑依できないんじゃ……」
しかし、大前提としてマスカが憑依できるのは他人であったはずだ。
「俺は、出来たんだよ」
「どうして?」
フランが食いつく。
リュクレーヌだけがなぜ特別なのか、知りたかった。
そして、その理由もまた、フランの予想できないものだった。
「俺がこの世で最初のマスカだからだ」
この世で最初のマスカ。その正体は目の前に居た。
「そんな……父さんよりも前にマスカになった人がいたなんて」
フランの記憶では、七年前にマスカにされた自分の父親がこの世で最初のマスカであるはずった。
アマラの訓練所時代に、座学で習った歴史もそうだった。
座学が苦手なフランでも、この時の授業だけは忘れられなかった。
しかし、何よりも引っかかるのは──
「どうして、自分に憑依なんてしたの……?」
そう、リュクレーヌがわざわざ自分に憑依するという、一見、無意味な行動に出た事だ。
「弟を……救うためには、こうするしかなかったんだ」
だが、それは無意味な行動ではなく、正当な理由があった。
弟?とフランは首を傾げた。
確かにリュクレーヌは以前、弟が居ると言っていたな。と思い出す。
「弟さんって、引っ込み思案だって言っていた、あの?」
「そうだ。弟、ルーナエ・ノクスルムは……」
告げられた弟の名前に、フランは大きな違和感を覚えた。
「ちょっと待って!ノクスルムって……リュクレーヌの苗字と違うじゃん」
リュクレーヌの苗字はモントディルーナ。
兄弟であるのに何故苗字が違うのか。
フランの指摘に「よく分かったな」と言いながらリュクレーヌは微笑んだ。
「リュクレーヌ・モントディルーナは俺がここを出るときに付けた仮の名前だ」
嘗て身を拘束されていた、牢。
釈放される際、リュクレーヌと言う新しい名前を付け新しい人生を歩もうとしていた。
「本当の名前は、ルーメン・ノクスルム」
「ルーメン……」
リュクレーヌの本名を反芻するようにフランは呟いた。
自分の知らないリュクレーヌの名前。
まるで、知らない国に初めて訪れるような、そんな感覚に陥った。
「話を続けるぞ。俺とルーナエは双子の兄弟だ。一卵性の、な」
ルーメンとルーナエは一卵性双生児。
つまり、瓜二つの顔を持つ。
という事は──
「一卵性の双子……もしかして、子供の頃、僕を助けてくれたのは!」
幼いフランの命を救った恩人は、ルーナエだった。
「あぁ、そういう事だ。そして今、ルーナエの躰は、ファントムに憑依されている」
つまり、ルーナエはファントムに躰を奪われ、占領されている状態。
ファントムがリュクレーヌと同じ顔をしていたのは、ルーナエの躰を使っていたからであった。
「僕を刺したのもルーナエさんを乗っ取ったファントムって事?」
「そうだろうな」
だとすると、もう一つ疑問が浮上した。
「でも、どうして?ルーナエさんがファントムに……」
なぜ、ルーナエがその様な目に遭わなければならなかったのか。
ファントムに目を付けられた理由だ。
「ルーナエこそが、ファントムとマスカを作った張本人だからだ」
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