血塗られたキャスケット帽
覚悟を決めた直後、コンコンと二回、軽いノックが転がった。
「客人か?珍しいな」
「あぁ、誰だろう?」
ここに客が来ることは稀な事である。
病院とはいわば仮の姿で、マスカの研究をするための施設。
患者として世話になったのはリュクレーヌやフランくらいのものだ。
その病院に一体誰が?
ブラーチがドアへ向かおうと腰をあげる。
が、開ける前にドアは自動で開いてしまった。
「やぁ。邪魔するよ」
姿を現した客人は、返り血をべったりと浴びている。
「お前っ!」
「ファントム!?」
リュクレーヌと同じ顔をした男──ファントムだった。
「まさか、ここに居るとはね」
血塗れの悪魔は、随分と探した、と言いたげにリュクレーヌに近づく。
「何しに来た!」
そんなファントムをリュクレーヌは強く睨みつけながら用件を問う。
だが、ファントムは質問には答えずにそのまま、対面の全く同じ顔に両手で触れる。
「いやー、やっぱりそっくりだなぁ」
そして写し鏡でも見る様にリュクレーヌの顔を眺めながら感心していた。
感情的になっても無駄だ。
今はとにかく冷静に、とリュクレーヌはもう一度同じ質問を投げかけた。
「もう一度訊く。何をしに来た?」
眉間に皺をよせ、更に険しいと目つきで同じ顔の悪魔に問う。
怒りと、そこには、恐怖もあったかもしれない。
殺されることは無いだろう。
でも、何か──リュクレーヌの中でとてつもなく悪い予感がしていた。
「怖い顔しないでよ。君に土産があるんだ」
「土産だと?」
ファントムは、いそいそと懐から何かを取り出す。
「ほら」
取り出されたものは、乱暴に床に放りだされる。
リュクレーヌは屈んで、それを確かめた。
少しだけ濡れた茶色いキャスケット帽──に、紅色が生々しく彩られた。
待て、この帽子は──フランがいつも被っているものだ。
それをファントムが持っている。
「これが、何を意味するか。賢い君なら分かるよね?」
「なっ……」
リュクレーヌの額に雨のように冷や汗が滲む。
血の付いた帽子はファントムがフランを手にかけた証拠。
「安心してよ。殺しては無い。多分ね」
命の保証は無いとでも言うように、曖昧な物言いをする。
「お前!よくも!」
瞳孔を開き、息を切らしながら目の前の悪魔の胸倉を掴む。
フランの命を狙った。それだけは確かだったから。
だが、ファントムはやれやれと言った様子で深くため息をついた。
「何を、怒っているの?助手君を殺したのは君だろ?」
開き直るわけでもなく、罪を着せるように──いや、自分は本当に何も知らないとでも言っている。
「は?」
意味が分からなかった。
──俺が、フランを?
リュクレーヌはずっと病室に居た。犯行など不可能だ。
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