赤黒の歯車

 

随分と長く気を失っている気がする。


自分は死なない。不死の化け物。

そんな事は分かっている。


例え致命傷を負って、躰の中身が見えてしまっても、死ねない。

死ぬことは、赦されないとでも言うように──



「ん……」


リュクレーヌは目を覚ました。

久しぶりに見る気もするが、見覚えはある景色。


あぁ、確か半年前の雪の日もここで眠っていた。


白い、シンプルな空間が、かかりつけの病院の一室である事はすぐに分かった。

しかし、この病室に主は居ない。と


「ブラーチ、ありがとな」


部屋のドアを開け、隣の部屋でカルテを記入するブラーチに礼を言う。


リュクレーヌに気づき、ブラーチは椅子を回転させて、そちらを向いた。


「あぁ、お前も起きたか」


目を覚ましたもう一人の患者に、声をかける。

だが、その患者はブラーチの言葉にどこか引っかかりがあるようだ。


「お前、も?」


「さっきまでフランも居た。」


「フランが?どうして」


フランも病院に。

となると怪我でもしたのだろうか。

乖離したマスカ二体を相手にした。

となると、重傷を負ったのではないか?


リュクレーヌの頭に不安が渦巻いたが、それは杞憂に過ぎなかった。


「マスカを倒すため魔力を使いすぎたんだよ。スチームパンク銃がマスケット銃になっていてな」


フランの感情が、スチームパンク銃を幾百ものマスケット銃へと変えた。

銃の魔力ではあるが、その持ち主であるフランの体力は限界寸前まで使われていた。


「それで、フランは……!」


「目を覚まして事務所に帰ったよ」


だが、十分すぎる休養によって、体力を取り戻した後、彼は目を覚まして帰っていった。


ブラーチが説明をするとリュクレーヌは、ほっ、と安堵の表情を浮かべた。


「それと、お前がマスカだって気づいたぞ」


安心も束の間。

さらりと重大な事を告げられる。


リュクレーヌの表情は再び焦りを映したものとなった。


「なっ……お前!言ったのか?」


「私じゃない。コレだ」


ブラーチが見せたのは真鍮製の小さな歯車。


赤黒い血が付着している部分は少しだけ錆びかけている。

リュクレーヌの体内に入っていたものだ。

本人もそれが分かると今度は表情を曇らせた。


「あ……」


「随分と躰を張ったようだな」


フランを庇って体内の機械が剥き出しになるほどの致命傷を負った。


記憶が呼び覚まされると、リュクレーヌは俯く。


「……疑って悪かった」


「別にいい。それより、もう言い逃れは出来ないぞ」


「……」


もう、逃げられない。


真実と、フランと向き合わなければならない。


リュクレーヌは顔を上げた。


「言うよ。もう逃げない。覚悟は決まった」


腹を括って、全てを正直に告げる。

とまっすぐな瞳で言い切った。


「そうか」


そんなリュクレーヌを見たブラーチは少しだけ嬉しそうに口角を上げた気がした。

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