それは、潰された苺のように

上目遣いの瞳に映ったのは、困惑するフランの姿。


「そう……だったの」


「あぁ」


別に、騙していたわけでは無かった。

それなのに疑い、決めつけ、罵ってしまった。


フランはむしろ自分の方が無神経で、酷いことをしてしまったじゃないかと、俯いてしまう。


「おいで」


しかし、そんなフランを赦す様に、リュクレーヌは手を差し伸べた。


「事務所に帰ろう」


優しい眼差しは、赦された安心感を生んだ。

フランは顔を上げ、「うん」と返事をする。


そして、リュクレーヌに近づき手を取った、その時だった。


「……え?」


左胸に、ひどく強い痛みを感じて目を見開く。


「何……これ」


自身の左胸に目をやると、熟れた苺のような色の鮮血が滴り落ちる。

リュクレーヌの握っていた銀色のナイフによって。


「さよなら、フラン」


嘘だよね?と確認するように目を向けた先には優しく微笑みながら別れの言葉を告げるリュクレーヌが居た。


「どう……して?」


嘘じゃないなら、せめて理由を、と途切れ途切れの意識の中でフランは口から血と問いを吐く。


「どうしてだって?」


ぐじゅ、と体内の血肉が潰される音がする。

じわりと果汁でも滴るように血が更に滲む。


「ぐはっ!」


フランの苦しみなどお構いなしにリュクレーヌは無慈悲にもナイフに力を入れた。


「俺が、ファントムだからだよ」


自身が黒幕である事を告白し、ナイフを引き抜く。

そして、懐からおもむろに仮面を取り出し証拠を見せた。

 

──リュクレーヌがファントム?そんな

 

思考を回す前に、フランの意識は再び途切れてしまった。

 


雨は一層強まっていた。


地面に倒れるフランと雨粒によって滲む鮮血。

そして傘も刺さずに立ち尽くすリュクレーヌ。


「おい、あれ……」


誰がどう見ても、明らかな異常事態。


「子供が刺されてる!」


「こ……殺しだ!誰か!警察」


「犯人を、取り押さえろ!」


いくら人通りが少ないとは言え、街を歩く民衆は平和な昼下がりに似つかわない残酷な光景を目の当たりにし、叫んだ。


「やれやれ……ここで捕まる訳にはいかないんだよ、ねっ!」


ロイヤルブルーの服を身に纏い、現場から一目散に犯人は逃走する。


「あっ!逃げた!」


民衆はその様子を視界でしか捉える事が出来なかった。


「捕まえてごらん!」


犯人はこの街の探偵だ。

と見せびらかせるように挑発しながら、ファントムは逃げ去った。

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