曇天の街

ロンドンの街は良いとは言えない天気から、いつもの昼下がりほど賑わってはいなかった。


一人だけで事務所まで帰路を辿るのは初めてだ。

まだ少しだけ眩暈がする。

リュクレーヌが大事な事を隠し、騙されていたかもしれない。


それがこれほどに腹立たしく、悔しいとは。

どんなに家事を押し付けられても、リュクレーヌに対しては滅多に怒りを露わにしないフランが珍しく歯ぎしりをした。


どんよりとした心情は、まるでこの街の曇天のようだった。


「フラン!」


ぴしゃりと打ち付けるような叫び声。


よく、知っている声だ。きっと、声の主は──


「リュク……レーヌ?」


自分を騙していたかもしれない男が視界に映る。


「どこに居たんだよ!心配したんだぞ!」


ぽつりぽつりと零れ始めた雨を気にせず、ずかずかとフランの元へと向かう。


「ほっといてよ……」


フランは不機嫌そうに背を向けた。

その様子もお構いなしにリュクレーヌは首を傾げる。


「なんだ?随分機嫌悪いな」


「なっ……よくもぬけぬけと話しかけられるよね!」


「何怒ってるんだよ。俺、何かした?」


きょとんとした彼の様子にフランの中でプツンと何かが切れた。


「何かした?あぁしたよ!」


無神経にも程がある。

激昂した。


「どうしてマスカだって事を隠してたんだよ!」


自分はリュクレーヌを信じていたのに、信じて護りたいと思って闘っていたのに。

彼は僕を信じていなかった。だから、これほどに重大な事を隠していたんだろう?


フランは頭を抱える程悩んでいた。

それなのに、渦中にいるはずであるリュクレーヌの、至って平然とした態度が逆鱗に触れたのだ。


「あぁ……そういう事か」


「……」


ようやく、フランの心中を察したリュクレーヌは納得した。


「ごめん」


そして、深く頭を下げ、謝罪をする。


心から、申し訳ない。ひしひしと自責の念が伝わるような態度だ。


「フランはマスカに家族を殺されているだろ。だから、マスカの事恨んでいるんじゃないかって思ってたんだよな」


確かに、マスカはフランにとって家族を殺した敵だ。


その正体が父親であっても、マスカという機械が兄たちの命を奪ったのは事実。


フランがもしもマスカを恨んでいたのなら、自分がマスカである事を告げた時、彼はどう思うだろうか?


リュクレーヌは葛藤の末、今日まで事実を告げる事が出来なかった。


「俺が、マスカだって事知ったらどう思うか……怖くて」


様子を伺うようにリュクレーヌはゆっくりと頭を上げた。

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