白と黒の感情

「リュクレーヌ!」


フランが体を起こすと、今度は無機質な白い空間が現れた。


ほんのりと漂う珈琲の香り。

そして目の前に映ったのは白衣を纏った人物、ブラーチだ。


「目が覚めたか」


「ブラーチさん……ここは?」


「うちの病院だ。そうか、お前は初めてだったな」


天井も壁も白一色に塗られて、最低限置いてあるラックやデスク、ベッドも白。

全てにおいて白い空間に放り出されたのは初めてだった。


なぜ、ブラーチの病院に居るのだろう?


目を覚ます前、夢見ていた時の方がよっぽど鮮明だった記憶は黒く塗りつぶされたように曖昧だった。


「僕……一体」


「戦闘の後倒れたんだ。だから、ここに連れてきた。」


フランが戦闘後倒れると、ブラーチとクレアは二人をこの病院へと連れ込んだ。

そして、ブラーチは致命傷ともいえる傷を負ったリュクレーヌの治療にあたっていたのだ。


「……それは、ご迷惑を」


「気にするな。それより、相当魘されていたみたいだが大丈夫か?」


リュクレーヌの治療が終了し、フランの病室に足を運んだ時、患者は随分と魘されていた。


魔力に蝕まれているのか?とブラーチは心配するも、フランからは魔力を感じなかった。


だとすると、単純に悪夢でも見ているのかとブラーチは様子を見る事しかできなかったのだ。


「……夢を、見たんです」


「夢?」


フランの記憶は漆黒に塗りつぶされた。

その黒は、悪夢の黒。


「リュクレーヌが、乖離、する夢を」


半年間共に闘った彼が禍々しい姿になってしまうという、夢でよかったとすら思えるようなものだ。


「……」


ブラーチは沈黙する。

白い空間に静寂だけが漂った。


──そうだ、リュクレーヌは


フランは脳裏に浮かんだ疑問を空間に投げこんだ。


「あの、リュクレーヌは……」


「あぁ、奴なら向こうの部屋で……」


「そうじゃなくて」


フランが言葉を遮る。


「リュクレーヌは、マスカなんですか?」


そして、核心に迫る問いを投げつけた。


彼と長い付き合いであるブラーチなら知っているはずだ。

水色の瞳はひどく冷たい氷柱のようにブラーチを刺す。


「……私の口からは答えられない」


「それはもう、肯定じゃないですか……」


違うならば否定するだろう。だが、ブラーチは否定しなかった。

だとすればそれはもう肯定を意味するものだ。


『リュクレーヌがマスカである』という仮定はフランの中で確信へと変わってしまった。


「どうしてリュクレーヌはこんなに大事な事を僕に言ってくれなかったんだよっ……」


悔しい。とにかく悔しかった。


なぜ、リュクレーヌは正体を隠していたのか。

伝えるタイミングなんていくらでもあったはずなのに。


一緒にマスカを救おうと誓った日から半年間。

彼は僕を騙し続けていたと言うのか。


信じて、いたのに。


「すまない……」


ブラーチは謝る事しかできなかった。


この謝罪はフランに向けたものか、それともリュクレーヌに向けたものか──否、両方だろう。


随分と申し訳なさそうなブラーチを見たフランは、八つ当たりをしているような気分になる。

寧ろ、こちらが申し訳なくなってしまった。


「……帰ります。治療、ありがとうございました」


それならば、この場から去るのが得策だろう。


フランは事務所へと向かった。

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