母親の選択肢

だが、幼いマリーには、その怒りの理由など分からなかった。

自分を殺そうとしていた、彼女の殺意も。


心配したマリーがアマリリスの頬に手を触れようとする。

だが、アマリリスは拒絶し、更には自分の右手を振りかぶる。


まずい。


そう思ったフランは、マリーを庇った。そして、頬に強い衝撃を受けた。


「何、してるんですか」


フランは頬を赤く腫らし、冷たい視線をアマリリスに送った。

アマリリスは狼狽えつつも、開き直り叫んだ。


「……何よ!カッコつけてるつもり!」


「そんなんじゃない!」


フランが、強く否定する。


「僕、新聞記事を読んで、貴女がマリーちゃんを大切に思っているんだと思ってたんです……なのに、どうしてこんなひどい事を……」


「私が好きなのは病気のマリーなの!彼女には弱ってもらわないと困るのよ!」


「それでも母親……いや、家族ですか!?」


フランは瞳孔を開きアマリリスを睨みつける。


家族を失っている故、理解できなかった。

例え家族が憎くても、意図的に傷つける意味が。

まして、実の子供に不幸でいて欲しいなどと思う事なんて──


「フラン。それくらいにしとけ。コイツには言っても分からない」


「……だって」


フランが食い下がろうとした時だった。


「警察だ!」


病室に、ラルファ刑事が駆けつけた。


「ラルファさん!?どうしてここに」


「殺人未遂事件の通報があった」


「あぁ、アメリアさんが通報したのか」


アメリアは電話を使って、警察に通報をしていた。

患者の母親が、患者を殺そうとしていると。


「たく、実の娘を殺そうとするなんて何事だ」


ラルファはアマリリスの方を睨みつける。


「ラルファさん。彼女はこうするしかなかったみたいですよ」


「何?」


ため息を一つ、リュクレーヌはつくと。

人差し指を立てて


「代理ミュンヒハウゼン症候群」


いつもよりも低めの声で、病名を告げた。


「何だ……それは」


ラルファが怪訝な表情をすると、フランが何やら考え込む。

いや、何かを思い出しているようだ。


「えぇと……たしか、子供の病気をでっちあげて、それを甲斐甲斐しく看病する事で自分の心を安定させる事……だよね?」


「正解。つまり、彼女はマリーを傷つけ……言ってしまえば虐待だ」


日頃の読書が功を奏した。だが、結果は、


「その、マリーという娘は大丈夫なのか?」


「えぇ。マリーちゃんはあの通りピンピンしてる」


幸いにも命拾いをして、きょとんとしたマリーの表情を見て、ラルファは胸を撫でおろす。


「よかった」


「と、思うでしょう?致死量何倍もの毒を入れられているんですよ。あの子」


「……もしかして!」


「えぇ、彼女はマスカです」

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