医者の本題

無駄な事や意味の無い事はしない。

そんな合理的を絵に描いたような人間であるブラーチが、食事の為だけに事務所を訪問するとは思えない。


いくらフランの料理が頬が落ちるほど旨いとは言え、料理を食べるだけならば、レストランなり行くだろう。


「あ、えーと、それは……」


まずい。話はもう終わってしまったのに。

リュクレーヌは取り繕うように、言葉を濁す。


だが、それも無駄な事だった。

そういう事かという表情をしたブラーチは口を開いた。


「あぁ、実は少しばかり私の知り合いの医者から興味深い話を聞いてな」


また、別の話を切り出した。

まだ話があったのか、とリュクレーヌは驚き、あるなら先に言えよと歯ぎしりをした。


「もしかして、マスカに関わる話なの?」


「あぁ、なんでも、死なない患者がいるらしい」


死なない。

なるほどマスカなら人間と同様の死を迎える事は無い。


「死なない、か……」


リュクレーヌが掠れたような声でぽつりと呟く。

ブラーチは一瞥したが、特に気にする事なく続けた。


「余命三ヶ月の難病だった患者。それがある日を境にすっかり元気になったと聞いている」


「でも、病気が治っただけじゃないの?」


難病であろうと運よく完治する可能性がゼロとは言えない。


そうであれば、マスカもいない。

病魔に悶え苦しむ患者もいない。誰もが幸せなハッピーエンドだ。


だったらいいのに。

という希望も含めてフランは訊いた。


だが、マスカに関する事だと疑うもう一つのポイントが存在した。


「境になった日が満月の翌日だったんだ」


「!!」


患者が満月の夜に契約をして、マスカになったのならばすべての辻褄があう。

寧ろ、その説が一番現実的かもしれない。


「まぁ、詳しい事は本人から聞いてくれ。ちょっと離れた病院だから、馬車を手配すると言っていた」


「へぇ、随分と気が利いてるな」


ブラーチは知り合いである医者の名前と連絡先が書かれたメモ用紙をリュクレーヌに渡す。


「というわけで、開いている日を教えて欲しい。アポイントを取るから」


できるだけ早い方が良いとは思った。

だが、リュクレーヌやルーナ探偵事務所自体が仕事を抱えていないだろうか、とブラーチは気を遣った。


しかし、返ってきた答えは──


「えー、正直いつでも」


「暇だもんね」


「……大丈夫か、この事務所」


相変わらず、閑古鳥が鳴いている探偵事務所に、ブラーチは頭を抱えながらため息をついた。

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