他人の不幸は甘い薬のように

「他人の不幸は蜜の味と言うでしょう?」


捜査官デルのいかにも人間臭い部分が復讐を生んだ。

皮肉にも、彼はもう人間ですらないが。


「殺して良い奴を殺して、最高に気持ちが良い気分になった後、喜んでまで貰える。私刑は最高の快楽を生むんです!」


マスカの演説を聞いたリュクレーヌはポケットに手を入れ、昨日奪った手紙を取り出す。その紙に何かを書いていた。


「……何をしているんですか?」


「いやぁ、俺もちょっと依頼したくなっちゃって……」

「リュクレーヌ!?」


フランはこんな時に何を?と聞きたそうに驚く。


「酷い奴が居るんだよ。ここに書かれた奴の事消してくれないか?」

依頼書を書き終えたリュクレーヌは、ふっと笑いながら紙を見せる。


「なっ……!?」


紙にはリュクレーヌの名前と「害虫駆除人を駆除してください」という依頼が記されていた。


「デル。お前自身を消してくれないか?」


リュクレーヌはどうだ!というような顔をマスカに向けた。


「私を消す?貴方が?理由がないでしょう?」

「理由?俺だってお前に恨みはあるさ」


マスカは理由を訊いた。リュクレーヌと接点がないはずなのに買われる恨みなどあるのか?フランは首を傾げる。


「なんで復讐代行のお前が俺の事務所より依頼多いんだよ!っていう立派な妬みがな!」

「そこ!?怒るとこそこなの?リュクレーヌ!?」


意外な理由。いや、ただの嫉妬だ。


「ふざけるなぁぁぁぁっ!!!」


流石にこれにはどんな依頼でも受ける復讐代行人もご立腹。

怒りを露わにして、地面に固い虫の羽根の様なものを突き刺していく。


「ふざけてなんかいない。知っているか?『人を呪わば穴二つ』って」

「知りませんねぇ。何ですか、それは」


「東洋の諺だよ。人を呪う奴は、同じように呪われるって意味のな」

「それが何か?」


「だから。お前も、お前が殺してきた罪人と同じように報いを受けるぞって言う話」


「私が?どうして?私こそが、罪人に報いを与えているのですよ?」


「……確かに、お前が言うように私刑は快楽を生むかもしれない」


否定はしない。人間の心理として、他人の不幸が幸せに感じる事もあるだろう。まして、その他人が罪人なら、尚更。


「ただ、そんなもんは一時的な麻薬みたいなもんだ。効果が切れれば後悔や罪悪感、長くて深い哀しみを生むんだよ!」


そんなものはまがい物の幸せで、消えてなくなるもの。

他人の不幸はただの他人の不幸であり、自分の幸せとは何ら無関係で直結しないものだ。そんなもので得た幸せなんて、残るのは虚しさだけ。そう、断言した。


それでも、マスカは笑う。


「ほう……では、訊きます!貴方たちが私たちマスカを壊すのも私刑では?」

「!……それは」


リュクレーヌがハッとする。そしてフランの方を心配そうに見る。


「……違う」


当のフランはゆっくりと俯いていた顔を上げる。そして、睨みつける様に否定した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る