害虫駆除

木造の長い廊下に二人分の足音が響く。

ゆっくりと一歩ずつ歩くフランの歩幅に、デルは合わせてくれていた。

情けないなぁとフランは申し訳なさそうに思っていた。


「すいません……ご迷惑かけちゃって」

「いえいえ、これも仕事ですから」


デルは全く気にしていないと言わんばかりの態度だ。


「死体……苦手なんですか?」

「探偵の助手が死体苦手って……ダメですよね」

「そんな事無いですよ。僕も得意ではありませんし」


デルがお恥ずかしながら、と自虐的に笑いながら頭を掻く。

まさか自分と同じ境遇の者がいるなんて、フランは目を丸くする。


「そうなんですか?」

「初めて担当した強盗殺人の事件で吐いちゃったんですよね。」

「それは、大変でしたね……」


強盗殺人の事件。曰くシフとタブと共に捜査し、現場で死体を目の当たりにしたとき、デルは嘔吐してしまったという。


「シフには情けないって怒られたし、タブには心配かけて……大変でしたよ」


当時、同期にも迷惑をかけてしまった。


「だから、こんなひどいことをする奴を必ず捕まえなきゃ、って……必死でした」


真っすぐに思い出を語る。絶対に、犯人を見つけ出し、裁く。揺るがない決意だった。


「……かっこいいですね」


「え?」


きっぱりと言い切るデルを見たフランは、素直な感想を呟いた。


「あ、いや……絶対にやってやるっていう気持ちってすごいなぁって」


死体が怖いなんて言っていられない。自分もアマラとして助手として、もっと頑張らなければ。


フランが自分に対してがんばれと言い聞かせるほど、デルの姿は真摯だった。


「あぁ、でも結局駄目だったんで……」


「駄目だった?」


どういう事ですか?と聞き返そうとしたが、本人が話したくなさそうにする。

聞いてはまずい事だろうか。とフランは口を噤んだ。


「いえ、何でもありません……それにしても今回の事件も酷いものですよ」

「本当にそうですね……五人も殺されるなんて」


「いじめっ子はともかく、いじめられっ子のラウエルまで殺されるなんて……許せない」


ぎりっ、と歯を食いしばり、デルの視線は鋭いものになる。絶対に、赦さない、という感情がにじみ出るほどに。


「……害虫駆除。でも、そうだとしたらどうしてラウエルまで巻き込まれたんだろう……」


それだけが、この事件の不可解なところであった。

罪人だけが被害に遭う連続殺人で、なぜ、巻き添えとなった罪人ではない被害者が居たのだろうか。


「おかしいですよね……害虫駆除は、悪人を討伐するためにやっている筈なのに」


害虫駆除の目的を、デルが口走る。フランは視線を向けた。


「そうなんですか?」

「えぇ、街角の新聞社とか郵便局ある辺り。あそこに壊れた小さなポストがあるんです」


突然告げられた場所に「うちの事務所の近くだ」とフランは反応する。


「そのポストに依頼書を入れるのです。何処の誰を駆除してくださいって」

「そんな……たったそれだけで」


害虫駆除……連続殺人の仕組みはいたってシンプルなものだった。

ポストに、殺したい相手の名前を書き投函。それだけだ。


「えぇ、たったそれだけで、殺されます」


だが、デルがどうして、害虫駆除の事を知っているのだろう?フランの抱いた疑問は案外簡単に明かされる。


「……と、最近流行っている都市伝説、みたいですよ?」


先ほどまでの硬かった表情が柔らかくなる。

まるでジョークを言うような。


「デルさん!絶対に、犯人捕まえましょう!」

「そうですね」


とにかく今は犯人を見つけて捕まえなきゃ。これ以上、犠牲者が出ないために。フランは決意した。

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