探偵は鎮魂歌を奏でる

事件から数日が経った。


事実が明らかにされた後も改めて、フェステリアの追悼はされたらしい。

一方、探偵事務所では──


「リュクレーヌ、何しているの?」

「んー、ちょっとなー」


リュクレーヌは棚から弦楽器を取り出す。


「バイオリン?」


古いものなのか、ところどころ傷が入っていたが、立派なバイオリンだった。


「そう!得意なんだよ。一曲聞くか?」

「いい!弾かなくていい!」


「え、なんで?遠慮するなって」


バイオリンは難しい楽器だから、こういう自信満々の人物は絶対に「ギエーッ」とか「ぐぎーっ」といった騒音をまき散らすはず。そう思ったフランは耳を塞ぐ。


「っ……あれ?」


しかし、予想は裏切られる。塞いだ耳の隙間から聞こえるのは美しい旋律。

奏でられる音一音一音が繊細で、儚くて──


フランは耳を塞いでいた手を離して、すっかり演奏を聴き入っていた。


「な?言っただろ?」


一通り弾いた後、リュクレーヌはどや顔でフランを見つめる。

見つめられたフランは「おみごと」の意味を込めて小さく拍手をした。


「いや、こういうのってお約束……みたいな所あると思ったのに」

「失礼だな。これでも歌とかも得意なんだからな」


「あはは、ごめん、ごめん。ねぇ、もしかしてさっきの曲って……」

「あぁ……『ラ・トラヴィアータ』だよ」


フェステリアが主役を演じるはずだったオペラの曲。リュクレーヌの粋な選曲にフランは気づいた。


「フェステリアさんの歌、聞きたかったなぁ」

「あぁ、そうだな……惜しい人を亡くしたよ」

「……マスカになっちゃったから、ノイズ交じりだったけど、綺麗な声だった」


マスカになっても、あの声が、たくさんの人を感動させていた事実は消えない。

それに、魂が解放された今なら。


「ねぇ、フェステリアさんの魂も歌ってているかな?」

「あぁ、きっと大好きな歌を歌っているはずだよ。」


冷え切った夜に響いた鎮魂歌には温かみがあった。

氷のような月を解かしてしまうように。

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