踏み込んではいけない白雪の地
一方、彼女のファン達は、驚く者、泣く者、そして──
「ふざけんな!!」
怒る者は、罵詈雑言を舞台上のフェステリアに向かって投げつける。
「今までお前にいくら貢いだと思ってんだ!」
「そういう衣装着ていた癖に何言ってるんだ!」
「俺たちが悪いみたいじゃねぇか!」
「この、化け物!こんな姿のお前にもう魅力なんかねぇよ!」
責任転嫁をされたファンは烈火のごとく怒り狂う。自分が応援していた歌手に対するものなのかと思うほど。
「……お前ら、何勝手な事言ってんだ?」
客席に向かって静かに、しかし苛立ちを秘めたようにリュクレーヌは語り掛ける。
「フェステリアはお前らのそういう厚かましい態度を知ったからこんな姿になったんだぞ!」
「でも、歌手ならそれくらい……」
ファンの一人はぶつぶつと歯切れの悪い言葉で不貞腐れる。
「歌手なら?フェステリアだって同じ人間だった。嫌だと思う事や、怖くなる事だってある……心があるんだよ!」
例え彼女が偶像崇拝の対象だろうと、同じ世界を生きている人間だった。
偶像ではない。
それを勘違いした結果が今回の悲劇を生んだのだ。
では、どうすればよかったのか?
「お前らにも心があるんだ。心の中にそういった感情はしまって、隠し通せ」
心はたった一人、自分だけの物。誰にも知られたくないこと、知られてはならないことは隠せばいい。
いや、隠さなければならない。
「そうよ!私は……貴方たちのせいでこんな姿になったのよ!」
リュクレーヌの言葉にフェステリアは同調し、客席のファンを責める。
「……それも違う」
「何……?」
だが、それに反応したのはフランだった。
「選んだのは貴女です。他人の心を覗く方法を……隠されていたはずのドクトルさんの心を!」
ドクトルが自らの心に秘めていたフェステリアへの劣情。決して本人には見えないように十分すぎる配慮をしていた。
事実、フェステリアは何も疑っていなかった。だからこそマスカになり、彼の心を覗こうとしていた。
ドクトルの秘密に土足で踏み込んだのは、フェステリアだった。
「そんなことする必要ないのに!トップオペラ歌手であるはずの貴女は自信を持ってよかった!」
「うるさい……」
「その結果がこれだよ!傷ついただけじゃん!」
「黙れえええええええっ!!!!!」
逆鱗に触れられた、マスカは氷柱を投げ付け反撃をする。
「フラン!」
リュクレーヌが叫ぶ。何本もの氷柱が容赦なくフランへと向かう。
フランも必死で避ける。しかし、氷柱の一本が彼の手に命中した。
すると、命中した部分は氷で覆われ動かない。このままでは銃が使えない。
「うわっ……!?しまった!」
焦った。この状況はまずい。マスカの為の銃を使えないなんて。
万事休すか?再び氷柱がフランに向けられた時だった。
ズガガガッという機関銃のような銃声。
それと共に幾百もの弾丸がマスカに打ち込まれた。
「!?」
フランは大層驚いた。気づけばその機関銃の銃弾は彼の自由を奪っていた氷をも砕いていた。
「なんだ……今の?」
呆気にとられていたが、マスカは多大な銃弾によって弱っている。
「フランっ、今だっ!」
今がチャンスだとリュクレーヌが叫ぶ。
その声にはっとして、もう一度銃を構える。
「フェステリアさん。あなたに対する愛は、あなたが望んでいない形の物もあったかもしれない」
一部の氷が崩れて、攻撃の動きが鈍くなったマスカに畳みかける様に銃弾を撃ち込む。
「うああああああっっ!!!!」
「けど、愛情の形は一つじゃない……それぞれなんだ……」
きっとこれが最後の一発になるだろう。
「他の感情があろうと、貴女のファンはみんな貴女の歌が大好きだよ。僕の友達もそうだった」
「……本当、に?」
「うん。歌が好きだって言ってたよ……だから」
フランは彼女の周りを覆いつくす氷を解かすように弾丸を放つ。
「おやすみなさい」
融かされた氷から魂が一つ、天へと召された。
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