名探偵は留守番中

一人残されたことが別に寂しいわけではない。


「で、私はいつまでここに居ればいいんだ?」

「そう言わないでくれよ、ブラーチ」


寂しいなんて訳じゃないけど、どこか落ち着かないから客人を招いた。

ブラーチもたまたま予定が開いていたため付き合ってくれはしたものの、特に会話をしたりする様子もなかった。


お互いそれとなく適当な事をしていたが、リュクレーヌは「あ!」と何かを思い出す。


「そういえばお前に聞きたいことがあったんだよ」

「何だ?」


訊きたい事、というよりも聞かなければならないことだ。

医者兼──マスカの研究者、ブラーチに。


「この間マスカが喋ったんだよ。変だよな」

「マスカが喋った?冗談だろう?彼らは自我がない」


ブラーチはリュクレーヌが遂に幻聴まで聞くようになったのかと、憐れむ瞳で見つめる。


「それが本当なんだよ。俺だって初めて見た……喋る……マスカ」


冗談ではなさそうな様子だが、リュクレーヌの事だ。

三秒後には冗談でしたー!と茶化してくるのではないか。ブラーチは五秒待つことにした。


しかし、沈黙は途切れず、そのままの空気。これは、本当だ。


「……原因は何だ」

「よく分からんが……フランの銃が怪しいんだよな」


二つ目の話題に移る。フランの銃について。フランの銃で撃たれたマスカが、乖離をした。


これもイレギュラーな事である。アマラの銃で乖離が起きるなど聞いたことがない。尤も、法律によって、彼らは乖離前のマスカを撃つことはできないのだが。


「銃?……もしかしてお前を打ったときのものか?」

「あぁ、あれ。アマラの力があったんだ」

「あんなにセンスのない銃、私は作った覚えがない」


マスカの研究者としての側面も持つブラーチはアマラ軍の武器の開発も行っている。

敵国に見つからないように、と目を欺くために表向きは病院の研究室で。


「だよな。あの銃、おかしかったんだよ。乖離前のマスカを打ったら、一ヶ月とか関係なしに乖離してさ」

「銃の実物は?」

「残念ながら、フランが持って行っているよ。大切なもんだから簡単には借りられない」


肝心の銃はフランが肌身離さず持っていた。


「……なら、またの機会に」


そのときはきっと訪れるだろう。時間との戦いではあるが焦って墓穴を掘る訳にはいかない。


「まぁ、そんな所だ……あ、この本面白いぞ。読む?」

「いや、いい。お前の面白いは私のつまらないだから。」


二人は元の、個人的な趣味の時間へと戻っていく。

しかし、彼らの時間を引き裂くように、電話のベルが鳴った。


「もしもし、ルーナ探偵事務所」


電話なんて今まで鳴った事があっただろうか?埃っぽい受話器をリュクレーヌははたきながら電話に出る。


『リュクレーヌ!』

「フラン?どうした?」


電話の相手は劇場へと出かけたはずのフランだ。

電話口からでも分かるような、切羽詰まったような口ぶり。


『大変なんだ!劇場まで来て!』

「何々?せっかくのランデブーだろ?そんな野暮なことしていいのか?」

『だーかーらー!そうじゃなくて!事件だって!』

「事件……?」


仕事だ。まさか助手から仕事を受け取ることになるとは。

先ほどまでのおどけた口調が真剣なものになる。


『しかも、殺人事件……もしかしたらマスカ絡みかもしれないし……とにかく来て!』

「分かった」


電話を切ると、現場の劇場に向かう準備をする。


「おい、事件って……」


その様子にブラーチもただ事ではないと事情を訊いた。

リュクレーヌは「あぁ、そうだ」とブラーチの方を向く。


「お前も来てくれ、監察医」


リュクレーヌの急な誘いにブラーチはため息をつきながら「仕方ないな」と出かける準備をした。

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