ラ・トラヴィアータ
待ち合わせ場所はオペラ座からほど近い噴水の前。
約束の数分前にフランは着く。
まだクレアは居ない。大抵、彼女は時間ぴったりに来ることが多い。
フランは忘れ物をしていないか、と鞄に入ったチケットを確認した。
「フランー!」
すると、フランの名前を呼ぶ人物が近づく。
揺れる、肩の長さくらいの桃色のソバージュ。碧色の目。冬らしい、白いファー付きのコートを着こなした少女はまさしく待ち人だった。
フランは時計を確認する。
やはり着いたのはちょうど定刻だった。
「クレア!」
「遅くなってごめん」
「大丈夫、今着いたところだし」
本当にその通り。クレアは昔からの友人だ。待たないように何時に着けばいいかなんて分かっている。
「そう、じゃあ行きましょ!」
二人はオペラ座へと足を運んだ。
開演時間までは時間があった。
開演前のロビーの雰囲気が好きだと言うクレアに連れられ、ロビーの柱にもたれながら、二人は談笑していた。
「今日の演目、好きなお話なの!」
「へぇ!どんな話?」
演目は『ラ・トラヴィアータ』堕落した女──ヴェルディ作の娼婦を主人公とした悲恋だ。
娼婦だが誇りを持ち強く生きる女性とそれを受け入れられず攻撃的になる恋人。そして父親との確執。
悲劇とは言え音楽は明るく、華やかで力強さを忘れない。
「それで、えぇっと……ネタバレしても良いの?」
「それは駄目」
「じゃあ、お楽しみ!」
他愛のない会話だった。
しかし、これから観る舞台があのような悲劇を生むとは思っていなかった。
「うぅ……泣いちゃった……」
第一幕の上演が終了した後、フランの目には涙が浮かんでいた。
ところが、クレアはというと、呆然と舞台を眺めていた。
「……フェステリアさんが出なかった」
「フェステリアさん?」
「ここのNo.1オペラ歌手よ。主役のはずじゃなかったのかしら?」
オペラ座のトップオペラ歌手はフェステリアという女性だった。
この『ラ・トラヴィアータ』でも主役のヴィオレッタを演じるのは彼女のはずだった。
ナンバーワンの彼女が舞台に一度も立たなかった事をクレアは不思議に思っていた。
「体調が悪くなったとかそういうのじゃない?」
寒い季節だ。風邪を引く事もあるだろう。
だが、風邪どころじゃ済まない、理由を見せられることになる。
舞台の上の高い、高い天井から何かが落ちる。
落下物は鈍い音を立てて打ち付けられた。
ボールくらいの大きさの何かは
生首だった。
主役を演じるはずだった、フェステリアの。
「う、わぁーーーーーー!!!!」
「きゃーーーーーーーーー!!!」
舞台からほど近い席の観客は叫ぶ。嗚咽が聞こえる。
人気歌手の変わり果てた姿を直接目にしたものは耐え切れず、嘔吐するものもいた。
紛れもない、殺人事件だ。
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