2.スノウムーン

雪と満月

二月。


雪はすっかり止んで、澄んだ夜空には白い満月が浮かんでいる。冷たく閉ざされた心。


──誰か、誰か私を


「こんばんは」


静寂を切り裂く声。


「誰!?」


振り返ると、黒地のコートとシルクハットを纏った若い男が居た。

顔は──分からない。仮面を付けているから。

どう見たって不審者。怪訝な顔で睨むと、男は察したのか、「おっと」と声を漏らす。


「怪しいものではありません。貴方の願いを叶えに来ました」

「私の……願い……?」

「えぇ。貴方、自分以外の人間になりたいと思っていませんか?」


いきなり何を言っているのだろう。

自分以外の人間になる?できるはずがない。

いや、そもそもそんな願望あるはずがない。

やはり不審者なのではないか?


「馬鹿らしい!そんな事……」


お引き取りを願おうと声を荒げる。だが、男は動揺する様子の一つも見せなかった。

それどころか、「この仮面を使えば」と手に持った仮面を見せびらかす。


「お好きな人物に転生できます」

「だからそんな事」


男は私の態度をよそに営業トークを続ける。


「転生すれば、その人物の地位も記憶も能力も全て手に入れることが出来ます」


並べられる性能に、ぴくりと反応する。

相手の動揺した様子を男は見逃さなかった。仮面の下はきっとにやりと笑っただろう。


「ねぇ、欲しいでしょう?」

「……」


誘惑するような声に、黙り込む。


「買いますか?」


「えぇ……」


──あぁ、負けてしまった。だって、これさえあれば手に入ってしまうもの。喉から手が出るほど欲しかった、あの人のxxが──


「契約成立だ!おめでとう!好きな人物に転生するといい!」


男は祝福の拍手をし、この上なく高らかに叫ぶ。


「あぁ、そうだこちらはサービスです。転生したい人物がご存命ならこちらを使うと良いでしょう」


サービスと銘打って渡されたのは、褐色の小さな瓶だった。中身は見えない。


「それでは、またのご利用を」


仮面の男は氷のような満月に消えた。


冷たい雪がまた降り始める。

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