悪魔の約束

「今から七年前、僕は家族と田舎のほうで暮らしていたんだ」


フランの家は田舎で農業を営んでいた。

父と母と四人の兄弟たち。

裕福とは言えないが、幼いフランは家の手伝いをしながら賑やかで幸せな生活を送っていた。


「けど……母が体調を崩しちゃって」

「それは……大変だったな」

「それで、兄もみんな……僕たちすごく寂しかったんだ……お母さんが死んだらどうしようって」


母の病気は現代医学では死を待つしかなかった。

いつ来るか分からない別れに、子供たちは皆不安を抱き泣いていた。


築いていた幸せは徐々に病魔に蝕まれていたのだった。


「それを察した父が……母が死なない方法を探して」

「……まさか!」


リュクレーヌは察した。母が死なない方法。

一つしかない。


「そう……父は、ファントムから仮面を買って、母の皮を被ったマスカになったんだ」


悪魔の商人ファントムは、フランの父親の心の隙に付け込んだ。


『これを付ければ、貴方は奥さんに転生し、機械仕掛けの奥さんは永遠に生きることが出来ます。』


甘い言葉と共に。


ファントムと父の取引をこっそりと見てしまった。

幼いフランはぼんやりとだがファントムの姿を見たのだ。


「そんな……」

「母の姿で、父は「お父さんはしばらく仕事で帰ってこない」って言って、僕たちと生活していたんだ……一か月だけね」


フランの父は母として、フランたち兄弟と過ごしていた。

たった一ヶ月だけ。


「父がマスカになって、一月した夜……マスカの暴走が起きた」

「……マスカに転生して一ヶ月で肉体と精神の乖離が起きて暴走する……それも都市伝説にあったな」


永遠の命なんてうまい話があるはずもなく、それぞれ別人の魂と肉体にはいずれ限界が来る。


タイムリミットは一ヶ月。

次の満月の夜、母の死体を被った父の魂は、ただの機械となって家族を殺した。


「うん……暴走したマスカは、僕の家族を襲った……兄たちをみんな殺したんだ……」


皮肉なものだった。

兄弟の願いを叶えたいとマスカになった結果が、兄弟たちを殺したのだ。


しかし、ひとつだけ疑問が残る。リュクレーヌは「待て」と話を遮った。


「どうして君は生き残ったんだ?」


暴走したマスカは人を殺す。一人残らず。


事実、フラン以外の家族は皆殺しだった。


なのに、どうしてフランだけは助かったのか?


「……ファントムが父のマスカを、倒したんだ」

「ファントム、が?」


瓦礫と化した我が家。血と肉片しか残っていない兄弟。


悪夢だと思いたいほどの地獄に現れたのは仮面を売った張本人であるファントム。


絶望的な状況にフランも死を覚悟していた。

いや、こんな地獄ならいっそのこと殺してくれ。

と願う程に。


しかし、ファントムの行動は、予想外のものだった。


「あの時、マスカに襲われそうだった僕を、助けてくれたんだよ」


自分が生み出したはずのマスカを倒し、人間であるフランを救った。


「それで……僕に言ったんだ」


絶望に打ちひしがれる中、生かされたフランに託された言葉は──


「『もしも、君が今後俺に会う事があれば、その時はファントム(おれ)を殺してくれ』って」


今日の日まで忘れずいた。


いつか、ファントムを殺さなければならない。


今日が約束を守る日だと思って、フランはあの時引き金を引いたのだ。

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