助手という名のハウスキーパー

とりあえず大きなものは早いうちに整理し、スペースをつくる。


「はぁ……」


部屋の掃除をする事になったフランは一つ、大きなため息をつく。


自業自得とはいえ、突然、軍をクビになったと思いきや、探偵の助手になるなんて。

展開があまりにも急すぎて頭が混乱しているのだ。


冷静に考えると確かに、悪い話ではない。

住む場所にも困らない。まぁ、今その場所を掃除しているのだが。


加えて、リュクレーヌだって、自分を撃った相手をわざわざ雇うなんて、あまりにもお人よしすぎやしないか?


「そういえば、リュクレーヌは何をしているんだろう……?」


ふと、気になった。

半分くらい部屋が片付いたところでドアをそっと開けて、応接スペースの様子を伺う。


「リュクレーヌ……」


声をかけようとしたフランの視線の先にはなにやら真剣な表情で本を読むリュクレーヌがいた。


どんな本かは分からない。けど、分厚くて、とにかく難しそうな事はフランにも分かった。


そして、なにやら書き物をしている。きっと手続きとやらをしてくれているのだろう。


フランの為に。


邪魔したら悪いなと、気を使ったフランは、ゆっくりとドアを閉めた。


「掃除、終わったよ」

「ありがとう」


デスクで本を読んでいるリュクレーヌに声をかけると、彼はにこりと笑って、礼を言う。


──あぁ、そうだ、ひとつだけ気になることがあった。

フランは心の中で引っかかっている事を聞く為に「そういえば」と呟いた。


「キッチンだけものすごく綺麗だったんだけど」

「あぁ、ほとんど使った事ないから」


あっさりと言い切る。

キッチンを使った事がない?どういうことだとフランは首を傾げる


「ふだん何食べてるの?」

「クッキーとか、たまにスコーン……あとはパンとか?」


並んだメニューは主に焼き菓子。食事というよりはおやつだ。


「ごめんね。訊いた僕が馬鹿だった」


フランは頭を抱えた。


「あのね、マスカってとんでもなく強いよね?」

「うーん……まぁ」

「だとしたらこの食生活は何とかしないといけないんじゃない?」


マスカと日頃戦う職のフランにとって身体は資本。

食生活は戦うための体づくりの基本。

となれば、リュクレーヌの焼き菓子生活を見過ごすわけにはいかない。

その意見にはリュクレーヌも同調した。


「確かに……でも、俺料理できないんだ」


しかし、彼は料理が出来ない。


だが、フランは自信に満ちた表情をしていた。


「だからね、僕に任せてくれない?」

「へ?」


リュクレーヌはきょとんとした表情。

掃除をお願いしたついでに、料理までしてくれるなんて。


そんなうまい話があっていいのだろうか?と思ったリュクレーヌは確認するように訊く。


「作ってくれるのか?」

「うん、こう見えて料理には自信あるんだ!」


フランは自信満々に笑って見せる。

むしろ、掃除なんかよりもよっぽど得意なのだろう。


「それは楽しみだな!俺、舌は肥えてるぞー」

「普段焼き菓子しか食べないのに?」と思ったが言わないでおこう。


言葉を飲み込んだフランは茶色いキャスケット帽を被り、出かける支度をした。


「まずは買い出しに行くよ。付いて来てくれないかな?」

「俺も?」


食材の買い出しなら、料理をするフランだけでも十分ではないか?とリュクレーヌは首を傾げた。


「好みとか分からないし、それを知るのにもいいかなって」

「なるほど」


納得したリュクレーヌは再びコートを着てシルクハットを被る。


二人はドアを開け、事務所の外へと繰り出した。

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