助手の初仕事

さて、オクトは一目散に去ってしまい、事務所にはフランとリュクレーヌの二人だけになった。


せっかく、願ったり叶ったりで助手が出来たんだ。

リュクレーヌは握手でも、と右手を差し伸べた。


「改めまして……よろしくな!」

「はい……えっと、モントディルーナさん?」


まだ状況を完全に呑み込めていないフランはよそよそしく、広げられた手を握る。


「あぁ、リュクレーヌでいいよ。あと敬語好きじゃないから、そこんとこよろしく。」


「リュクレーヌ……」


名前を反芻するように呟く。


すると、つぶやかれた名前の一部にリュクレーヌは「あれ?」と意外な反応を示す。


「ちゃんと発音できるんだ」


英語圏で自分の名前を発音できる人は今まで居なかった。


大抵、名を告げると「ルクレーヌ?」と聞き返すことが多かったため、

フランが間違えずに名前を言えた事に少しだけ驚いた。


「一応、フランスに住んでたことあったから……」

「なるほどな」


だとすると納得はいく。


気を取り直して、仕事へと取り掛かる。

まずは、フランの雇用の手続きだ。


「まぁ手続きとかはこっちでしておくから、フラン君」

「はい」

「早速一仕事して欲しいんだ」


ごくり、とフランは唾を飲みこむ。


アマラだから助手にしたいと言われて雇われたくらいだ。

早速、マスカの元に急行するのか?それとも、何か作戦を立てるのか。


少し緊張してきた。


「はい!」

「え?」


強張っていたフランの様子もお構いなしに、リュクレーヌは何やら荷物を託した。


「これは……?」と布の塊を見つめる。


フランはその布を広げた。


「……エプロンと掃除道具?」

「そう、部屋の掃除をしてほしいんだ」

「掃除?この部屋綺麗なのに……」


無駄に物がなく、シンプルな応接スペース。

片付いているこの部屋のどこを掃除するというのだろう?


「あぁ……こっち」


フランが怪訝な表情できょろきょろと部屋を見まわすと、リュクレーヌが何かに気づいたように、ドアノブに手を掛けた。


そして、開かれる、隣の部屋。


フランの目に映ったのは、とにかく大量の物が集まった倉庫のような部屋だった。


今いる部屋とは対照的だ。


古臭い臭いと埃っぽさに鼻と口を塞ぐ。


「!?なんっ……だこれ!?」


あまりの散らかりぶりに思わず大声が出てしまう。


「こっちが、生活スペース」

「生活スペース!?生活できるの!?ここで!?」

「綺麗なの、応接スペースだけなんだよなぁ」


当の本人はてへぺろ。とでも言いたそうに頭を掻きながら笑っている。


応接スペースとのギャップの大きさにフランは困惑する。

しかも、そこが生活スペースといった、寝食をメインとする部屋であったため、余計に。


「それにしても散らかしすぎじゃない!?」

「俺、見えるとこしか綺麗にしないから」

「どや顔で言わないで!」


なんてこった。

応接スペースが綺麗だったのは、要らないものを全部別の部屋にぶち込んでいたからなのか。


フランは頭を抱えた。


「というわけで、掃除を任命する!」

「僕が!?」

「俺は、これから手続きやらなんやらしておくから、よろしくー!」

「ちょっと!」


状況はますます混沌を極めていた。まさに、物でごちゃごちゃになった生活スペースのように。

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