スーパームーン⑤

「時間がない。もう一つの理由を聞いてくれ。俺は誰かに託さないといけないものがある」

「託す?」

「あぁ、この銃を……君に託す」


男は持っていた歯車付きのスチームパンク銃を、少年に手渡した。

「……これ、を」

手のひらにずしりとした重みを感じるが、託された意味は分からない。


「いいか、よく聴いてくれ。今はファントムを制御しているが、長くは持たない」

男の中にある悪魔の人格。ファントムが出現するというのだ。だから──


「もしも、君が今後俺に会う事があれば、その時はファントムおれを殺してくれ」

この男に存在するもう一つの人格──ファントムの抹殺が少年に託された。


「なっ……!?」

少年は当然のことながら狼狽える。


「その時にはこの銃を使えるようになっているはずだ。いいか。この銃で、俺を撃つんだ」

「そんな……できないよ!そんなこと!」

「頼む!君の家族のような犠牲を出さない為なんだ」


──犠牲?これからも父のような仮面の化け物マスカが現れるとでもいうのだろうか。


男は真剣に説得する。とても嘘の様には見えない。

「……約束、してくれないか?」

懇願する様だった。もう、こうするしか手はない。という様な。


自分にしかできない事かもしれない。少年はゆっくりと首を縦に振った。


「……分かった」


男は笑顔を見せてもう一度少年の頭を撫でる。


「いい子だ……ぅうっ!?」

しかし、突如頭を押さえ、踠き、苦しみ始めた。


「ちょっと!大丈夫!?お兄さん!」

「ぐっ…ぅ……はぁ、もうすぐっ……ファントムが……うぅっ!逃げるんだ!」

「でも!」


今ここで押さえてつけている悪魔の人格が現れた場合、少年の命は保証されない。

「だから、逃げろ」と男は少年に頼む。

しかし、少年も男の事を放ってはおけなかった。


それでも、この子だけは逃さなければならない。

男は叫んだ。


「いいから、逃げろ!!」

「っ……」


強い口調に少年は怯んでしまう。

そして、最後の忠告も素直に聞き、少年は家から離れた森の方へと逃げていった。


──これで、よかったんだ。

 

男がその後どうなったかは少年には分からなかった。



悪魔は目を覚ました。


目の前に転がる血塗られた死体を見つけ出し、数を数えはじめた。

「ひぃ、ふぅ……あれ?」

辻褄が合わないのか首を傾げる。

「一人足らないなぁ?逃したか?」


本当なら三体あるはずの死体が一つ足りない。

その謎を解き明かすために、悪魔は記憶を辿る。


脳内に映し出された映像は、銃を少年に託した場面と、その少年が逃げてしまった場面。


「……なるほど、面倒くさい事しやがったんだなぁ」

悪魔は一瞬、苦い顔をした。


「ま、いいや。仮面ならたんとある。売って、売って売りまくって──殺してもらえばいいや」

気持ちの切り替えが早い。

自らが生み出した仮面を手に取り、妖しく、にんまりと笑った。


「しかし……厄介な奴がまた一人増えた、かぁ」

悪魔の気持ちは目眩くように移り変わる。

今度はめんどくさそうに空を見上げる。


 

満月が、憂いた悪魔とその手に持たれた黒い仮面を照らした。

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