それぞれの事情

「私に断りもなしにこんな時間までどこをほっつき歩いてたんだい!」


そう言いながら瓶ビールを飲みながら彼に罵声を浴びせるのは彼の母親だ。


「ごめんなさい。今ご飯を作ります」

彼はさっきの顔とは180度変わった表情で答えた。


「もう外で済ませてきたからいい。 それよりお前女でもできたのかい、いやできる訳ないか。あの人の子だもんな」


彼は何も言わずに部屋へ戻った。


彼の母は昔はとても優しく家庭的な人だった



すごく温厚で奥手な男性と結婚し彼を産んだ。


まさに絵に描いたような幸せな家庭だった。

しかし彼の父が交通事故でなくなった。


原因は相手の前方不注意だった、善人である父は理不尽にこの世を去ることになったため、元々精神が強く無かった母は強くショックを受けてしまい変 わってしまったのだった。


彼を失った怒りの矛先が愛する息子に向くほどに。母は彼に暴力 を振るうようになった、そして寂しさから酒もたくさん飲むようになりさらに彼へのあたりは強くなっていった。



彼に残っていた母親への愛情はその頃にはすっかりと消え彼は早くこの家から逃げ出したいと思うようになっていた。



彼女は家に着いたらまず服を脱ぎ鏡の前に立った。


「このあざ消えないなあ」彼女の体には、たくさんの殴られた跡が着いていた。


ガチャ、とドアが開くと同時に彼女の体がガタガタ と震え出した。


「お、お帰りなさい。今日は早いのね」


「ああ一つ会議がなくなってな」


と 疲れた顔の男が言う。


「今日は何をしていたんだ?」と男がきく


「ほ、放課後は一人で映画を見に行ったわ」


と似合わない強張った表情で彼女は目をそらしながら言った。


すると「バチン!」と高い音がリビングに鳴り響く。男は彼女の右頬を思いっきり平手打ちしたのだ。


「おい、嘘ついてんだろ。お前は嘘をつく時目を逸らす癖があるからな、ホントは一人じゃないだろ、男と言ったのか?どうなんだ!」彼は怒り狂って何発も彼女の頬を殴った。


「ごめんな、やり過ぎた。でも俺はお前を愛してるからこうするんだ」そう言い残し、疲れているから寝る、


と寝室へ向かって行った。右頬が真っ赤に晴れた彼女は膝から崩れ落ちそのまましばらく動かなかった。

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