12、同室
結局、湯まで借りる羽目になるとは。
されるがまま体を磨かれ、来た時とはまた違う上等な召し物に袖を通させられた
途中何回か体よく断ろうとしたが、どうにも船酔いならぬ宙酔いが醒めず、言われるがままに
葉楽は昔から寝る時は何も身に着けたくない派である。双子の姉である
特に今日のようにやや肌寒い位の気候は、全裸で羽毛布団にくるまれて眠るのには最適だ。その機会を奪われて悔しいような、なんとも言えない苦い気分になる。
「・・・・元気かしら」
ふと、姉のことが心配になった。
馨楽は体が弱い。それこそ外に半日でも出たら、翌三日は自室から出てこれないほどだ。
目を閉じると自分と瓜二つの、ただし葉楽よりも色が白く、線が細い顔が浮かんできた。そしてその隣でほほ笑む彼の姿も。
ズキンと胸の奥が鈍く痛む。思い出しては辛くなるだけだどわかっているのに、最近は以前にも増して二人があまりにも一緒にいるものだから嫌でも思い出してしまう。さっさと頭から消えてほしいと思うと同時に、消えないでと思っている。そんな我儘な要求に思わず笑いがこみあげてきそうになる。
「何か楽しいことでもあったのか?」
「ッ!!」
慌てて目を開けると、すぐ目の前に
不思議なことに彼とは似ても似つかぬはずなのに、何故か鴻雲の顔が一瞬重なった気がした。
「・・・なんでもございません。そんなことよりも何かご用でしょうか?」
「ご用も何も、夫の寝台に妻が転がっていればそういう意味だと捉えるのが普通ではないのか?」
たしかに鴻雲の言うことは一理ある。だが、それは妻がそれを望んでいた場合の話ではないだろうか。
「殿下はわたしが本当に望んでいるとお思いなのですか?」
嫌悪感を包み隠そうともせずに葉楽が問うと、一瞬瞬かせた目をすっと細めた。その表情は怒り・・・というよりもむしろ喜んでいるように見える。
もしや
その実例が頭に浮かんできそうになり、必死に隅に追いやる。万が一、鴻雲にそのような性癖があれば、確実に葉楽の苦手な部類の人間になる。罵られて喜ぶなど変態以外の何者でもない。
「まさか・・・お前まだ酔いが醒めていないのか?」
本気で顔を引きつらせていたせいか、先ほどまでの喜々とした声音がやや優しさを含んだものに代わる。
「酔いはまだ醒めておりません」
実はもうほとんど通常運転になりつつあったが、全快かと聞かれればまだあの特有の気持ち悪さが見え隠れしている。ここで鴻雲に同衾を命じられれば葉楽に逆らう手立てはない。ただし、その途中で
そして何より逃げ道になるのであれば使わせてもらうしかない。
「お前は海の女なのに船には乗らなかったのか」
「
「ほう、そんなものなのか」
言いながら覆いかぶさっていた鴻雲がすぐ隣に寝転がる。
おや、これはもしかせずとも助かったのではないか。
しかし、喜びも束の間。そのまま鴻雲はまるで品定めをする商人の如くじーっと葉楽を見てくる。その視線が痛すぎて、葉楽は口火を切る。
「そ、そういえば、殿下は海には出たことがあるのですか?」
王都は大陸のちょうど中央にあるため、海からは程遠い。そのせいで好物の魚介を新鮮な状態で食せないと師蝉がぶつくさ文句を言っていた。
青緑色の穏やかな海に葉楽は育てられた。船には乗らなかったが、海自体にはかなり頻繁に足を運んでいた。おかげで遊泳は大の得意である。ただこれにおいては、力との相性もあるため経験値や努力で賜ったものかと言われれば疑問は残る。
まだ
「ああ、あるぞ」
「ですよね・・・えっ、あるのですか?」
想定外の返事に目を見張る。
「ああ。一度だけ、この身に呪いを受けた時の話だ。母上の実家からほど近い街は海に面していた」
「ああ、なるほど。たしかに
「そうだ。そしてあれ以降どこにも行けなくなった」
自嘲するように吐き捨てた鴻雲の瞳はかすかに揺れていた。
「・・・外に興味がおありで?」
「そのように見えるか?」
質問に質問で返され、少し返答に戸惑う。
なにせ葉楽は外への興味が尽きない
しかし、自分がそうだからと言って他人もまた同じではないということもよく理解している。いい例が双子の姉の響楽だ。彼女は外の世界に関心がない代わりに小さな器を大事にする。
そしてその小さな器から葉楽はおそらく弾かれた。彼女の小さな器は彼だけのものになった。
「・・・わかりません」
「わからない?」
「ええ。わたくしはまだ、殿下の為人をほとんど知りません。だから、適当な返事は失礼にあたります」
直感が正しいならば彼は自分ではなくどちらかと言えば姉と同じ部類だ。外の世界にはさほど興味はなく、小さな器を大切にする。だからこそ、その瞳が揺れた理由が気になった。
また僅かだが鴻雲の瞳が揺れる。
「・・・お前は何も変わらないな」
「申し訳ありません。今なんと?」
口が微かに動いたのはわかったが、なんと言ったかまでは聞き取れなかった。
「独り言だ。気にするな」
「・・・わかりました」
大抵気にするなと言われる時に限って人は大事なことを隠しているものだが、それが葉楽に関係するとは限らないし、何より追求するような関係性ではない。
ギシッと寝台の音がしたので視線をやると、鴻雲が布団に潜り込んでいた。
これはどういう状況だ。
葉楽が困惑していると、鴻雲が布団から顔を出す。
「・・・何をしている。お前は寝ないのか?」
「・・・えっと、お暇してもよろしいということでしょうか?」
「何を言っている」
鴻雲の形の良い眉が潜められる。
「調子が悪いのだろ?それならば自身の宮まで帰らずともここで休めば良い」
「えっ、いや、でも・・・」
「・・・まったく」
鴻雲は渋る葉楽の腕を掴むと、そのまま布団の中に引き摺り込んだ。いくら武術に長けているといってもやはり力では負けるし、何より鴻雲の動きは速さが人とは格段に違う。
後ろから抱き竦められ、身を固くすると、背後から小さな笑い声が漏れる。
「そんな固くならずとも、無理強いは趣味ではない」
そう耳元で囁くと、すぐに規則的な寝息が聞こえる。
男と違って女は婚姻するまで手入らずであるのが普通である。しかも葉楽は王女。誰かと隠れてなどもあり得なかったため、男女の触れ合いは皆無である。そのせいか、今の状況はある意味完全に暴かれるよりも恥ずかしい。
こっちの気も知らないで!
すっかり夢路へと旅立った鴻雲を思いっきり引っ叩いてやりたいが、睡眠を邪魔されることほど嫌なことはない。葉楽はされて嫌なことはしない主義であるし、何より皇子を殴っては国交問題に発展しかねない。いろんな感情をぐっと飲み込み、大人しく目を瞑った。
つい先ほどまで午睡していたというのに、一瞬心配した眠気はいつも通りにやってきた。気を張る分、頭が疲れているのだろう。
うとうととする最中、数年ぶりに寝台を共にした馨楽ことを思い出す。
出発数日前から葉楽は眠りが浅かった。昔から心配事があるとどうしても熟睡できない。気付かれないように気をつけてはいたのだが、やはり双子の姉まで誤魔化せなかったらしい。
『しばらく会えないんだもの。今日は一緒に寝ましょう』
出発の前日、自身の枕を片手に馨楽が部屋にやってきた。返事を聞くより先に寝台に滑り込み、寝台に葉楽が入ると背中に張り付いてきた。その体温のおかげで久方ぶりに熟睡できた。あの時眠れていなければもしかすると王都につく途中で体調を崩していたかもしれない。
今とは違う温もりだったのに、何故だかあの時と同じくひどく安心しきっている自分がいた。
きっと二人は直感的にどこか似ている部分があるのだろう。もしかすると馨楽が来た方がうまくいったかもしれない。似た者同士の方が案外丸く治るのだ。
ただ、あの子には彼がいるので万が一にもあり得ない話だが。
「葉楽」
ふとここには誰も本当の自分を知る者などいないはずなのに名前を呼ばれた気がしたが、すぐそこに迫ってきていた深い闇は逃してはくれなかった。
葉楽はそのまま意識を失うかのように眠りについた。
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