6、刺客

 すっかり日も暮れたというのに各々が店先に吊るしている灯篭のおかげで街はまだ明るい。

 馬車を呼ぶという蛍順ケイジュンの提案を退け、軽い足取りで歩いていた葉楽ヨウラクはふと足を止める。すぐに振り返って蛍順を見ると、小さく頷いた。

 葉楽は通りを一本入り、裏路地へと足を運ぶ。その方向は明らかに屋敷とは違っているが、それでも蛍順は止めることなく着いてくる。

 ふと足を止めた。すると、いくつもの足音が同時に止まる。


 「・・・わたしに何か御用かしら?」


 振り返ると、そこには覆面をした数名の男たちがいた。

 しかし、誰一人として答える者はいない。その代わりにとばかりに抜刀する。


 「一、二、三、四・・・七人?ははっ、わたしも嘗められたものね」

 「王女さま、ここはわたしが」


 蛍順が葉楽の前に立つ。


 「そう。じゃあ、任せるわ」


 葉楽は近くにあった空き箱に腰掛けると、取り出した団扇で顔を半分隠す。

 両者睨み合いの末、先に動いたのは刺客の方だった。大きな体躯を使って切りかかってくる。しかし、蛍順はそれをものともせず目にも止まらぬ速さで切り捨てる。予想外の展開だったのか、刺客の間に動揺の色が見えた。


 「誰も来ないのか。それではわたしが参ろう」


 蛍順は低く構えると、そのまま刺客の中に飛び込む。バッサバッサと気持ちいいくらい簡単に刺客たちを倒していく姿は、まるで蝶のように軽やかで鬼神のような強さだ。

 相変わらずの強さに感心していると、びちゃっと顔面目掛けて何かが飛んできた。さっと団扇でそれを防ぐ。暗いためよく見えないが、においから察するに血だ。蛍順は強いのはいいのだが、その戦い方故広範囲に血を散らすのが欠点である。服はもうすでに諦めているのだが、さすがに顔に血は被りたくない。血は匂うし、なにより固まるとパリパリになり肌が荒れる。あまり拘りはないが、一応手間をかけてくれている師蝉シセンに悪いし、なによりそんなことすれば逆鱗に触れてしまう。


 「ぐはっ」


 最後の一人が倒れると、血振りをして鞘に刀を収める。その姿が異様に様になっていたので拍手をすると、ギロリと睨みつけられる。


 「だから酒楼など寄りたくなかったのです」

 「でも、そのまま帰ってたら彼ら屋敷に来ていたかもしれないわよ」

 

 むしろそちらの方が避けたい。

 非戦闘員が多いのは何かと不利になる。


 「さて、早く帰りましょう。師蝉にどやされるわ」


 その言葉と同時にヒュンと蛍順の顔の横を何かが通った。振り向くと刺客の額ど真ん中に匕首ひしゅが刺さっている。ドサリと音を立てて、刺客が倒れる。

 何が起こったのかわからずに身を硬くしていると、カタンと上から音がした。振り向くと、そこには先日入門手続きの際に案内してくれた男─英清エイセイが瓦の上に立っていた。

 英清は唖然とする二人を横目に、猫のように華麗に地に降り立つと刺客の額に刺さった暗器を引き抜きそのままスタスタと大通りの方へと歩いて行く。その様子を黙って見ていると、ふと足が止まり、そして振り返った。


 「お嬢さま方、いつまでもそんな血生臭いところにいらっしゃるのは感心致しません」


 感心しないとかするとかそういう次元の話ではないと思うが。

 葉楽は心の中で突っ込みつつ、蛍順と共に英清の後を追った。



 「本当にお怪我はありませんか?」


 これで何度目になるかわからない質問に、葉楽は辟易して力なく首を左右に振る。

 屋敷に戻ると二人の姿を見た師蝉が卒倒したため、今日は別の侍女が手入れをしてくれているのだが如何せんしつこい。もう体の隅々まで穴が開くほど見ただろうにまだ同じ質問をしてくるのだ。


 「王女さま、本当に」

 「大丈夫だから少しひとりにしてもらえるかしら」

 「でもっ!」


 目があった瞬間、わかりやすいようにしょぼんと肩を落とした。その様子に少し強めに言いすぎたかとも思ったが、何度も同じことを言われるのは物心もつかぬこどもならともかくあまり好きではない。いや、むしろ嫌いだ。これでも一応気が立っているのだから、今はそっとしておいて欲しい。


 「・・・わかりました」

 「ありがとう。あと、その懐にしまった暗器はしまっておきなさい。明日の朝にはここを発てるように準備しておくことね」

 「・・・ど、うして」


 侍女が目を丸くするが、まさかそんな殺気を出し続けていて気付かないわけがない。


 「女子供はなるべく殺めたくないから一度は見逃してあげる。仏は三度まで許してくれるかもしれないけど、わたしは二度までよ。次はない。消えなさい」


 ぷるぷると細腕が震えている。

 金の為か、家族を人質に取られたか。どちらにせよ好き好んで請け負った仕事ではなさそうだ。


 「迷っているようだから教えてあげる。あなたが少しでも変な動きをすれば蛍順が飛んでくる。その前に、あなたはでは絶対にわたしには敵わない」


 ぱちんと指を鳴らす。

 その瞬間、侍女の頬を何かが掠めた。弾かれたような痛みに頬に手をやると血が滲んでいた。途端、侍女の顔が真っ青になり、慌てて外に出てと飛び出して行く。


 「・・・ふう」


 やっと静かになった。

 どっぷりと肩まで湯船に浸かる。忙しい一日だったが、これだけで全身の疲れが溶けて無くなって行くような気になる。水が貴重とはいえ、どうしてもこの習慣はやめられない。いくら最大で三年しかいるつもりがないとしても、その間我慢できるかと聞かれれば無理な相談である。そうなれば、やはり王都に十分な量の水を安定的に供給することが先決だ。

 そしてそれを葉楽ならできる。ただ、それには多額の金と労働力が必要である。それに皇子が納得してくれるかどうか。


 「きっといい人・・・なのよね」


 英清は大通りに出た瞬間に姿を晦ましたので、ほとんど言葉は交わしていない。唯一聞けたのは、第四皇子のめいで葉楽たちを見張っていたということだ。もしかすると、あの九鳳門くおうもんの一件も最初から見張られていたのかもしれない。そうでなければあんな時機タイミングよく助けは来ないだろう。

 あわよくば、あの時の姿を見ていてはくれないだろうかと思う。もしそうだったら、褲子ズボンで乗馬と淑女らしからぬ行動にごく一般的な感性の男であれば絶対に嫁には欲しくない筈だ。瑞は特に奥ゆかしい女を好むと聞いている。


 「まあ・・・無理よね」


 自分の考えの甘さに思わず笑ってしまう。

 普通に考えれば皇位継承権があるようなお方がいくら従者が居ようともあのような場所にいるわけがない。

 湯船で温まったせいか、疲れているせいか瞼が急に重くなる。逆らわずに従ってみると、九鳳門で助けてくれた少年がふと脳裏を過ぎる。

 そういえば彼のことについて何も聞いていなかった。

 まあ、そのうち会うことになるだろう。

 会う約束なんてしていないし、どこの誰かもよくわかっていないのだが、それでもまたあの少年とは会う気がしてならない。女の勘と言うべきか、野生の勘というべきか。どちらにしてもこういう時の葉楽の勘は良くも悪くも当たるのだ。

 

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