4、探索
街を探索してわかったことがある。
まず第一にこの国は物価が高い。市場に並んでいるものも野菜が中心で、穀物は小麦の外に
金を持っている者からすれば大した額でなくとも、一庶民からすれば手が届きそうで届かないというのが一番良くない。物盗りなどの犯罪が増えるからだ。
そして第二に異国から入ってきているものが少ない。外から入ってくるものが少ないということは例えば不作が続けばすぐに食料は底を尽きる。飢えは国力の低下にもなるし、なにより反乱を起こすきっかけとなる。そうなれば属国である
「どうするものかなー」
食べ終わった串を片手に持ったまま手を動かしていると、横から掠め取られる。じろりと睨めば、「危険です」と返される。
そんな稚児でもないのだから串くらいで今更怪我などしない。
「まだ周りますか」
「そうねぇ・・・」
悩んでいると時の鐘が鳴り響いた。あまり遅くなると
「よし、
「わかりました。それでは使いを・・・・」
話の途中で蛍順が固まったかと思うと、ギギギと不気味な動きでこちらを見下ろす。普段は低い位置にいるためあまり感じないが、こうやって普通に横に並べばその差は明らかだ・・・といっても、ほんの小指縦一本分も変わらないのだが、もう少し背が欲しかった身としては羨ましいことこの上ない。
「聴き間違えなら申し訳ありません。今、酒楼と言われましたか?」
「ええ、そうよ」
一瞬蛍順でも聴き間違えることはあるのかと内心驚いたが、ばっちり聞いているではないか。驚いて損した気分である。
「なりません」
「何故?」
「人は酒が入ると気が大きくなります」
「わたしは違うわ」
今までの経験上、どちらかといえば卑屈になる方だ。
「存じております。しかし、他人はそうではございません。なにより、王女さまの言う酒楼は大衆酒楼でございましょう?そんな誰がいるかも把握できない場所へはお連れできません」
きっぱり言い切ると、蛍順は肩越しに合図を送ると使いの者が動き出す。
「でも、国情を知るには酒楼ってのはどこの国も変わらないと思うの」
「・・・王女さまは一体何をされるおつもりなんですか」
まるで自国に居た時と変わらぬ発言に、もしやこの国に骨を埋める覚悟をしていたのかと蛍順の背中に汗が伝う。
王女は目を伏せたかと思うとすぐに視線を上げた。その全てを見透かしたような瞳に思わずドキリとする。
「あなたはどこまで知っているの?」
どこまでという曖昧な問いに、今度は蛍順が目を伏せる。事実、何も知らされていない。だから今蛍順が考えていることは全て憶測である。だから口に出すことは酷く阻まれた。なにより燕には言葉には魂が宿ると考えられている。だから不用意に憶測を口に出してはならないと教えられる。それが事実に成り代わってしまうかもしれないからだ。
わかっている。頭ではわかってはいるのだが、王女の瞳がそれを良しとはしない。普段の気さくな人柄につい忘れかけてしまいそうになるが、こんな時やはり王族の一員なのだと思い知らされる。
「先ほど、第四皇子の妃選びのための宴が開かれると耳にしました」
憩に立ち寄った茶屋のものたちがひそひそと奥で話していたのを偶然耳にした。
「いつ?」
「
「・・・・本当、あなたって敵に回したくないわね」
王女は呆れたような感心したようななんとも言えない表情を作る。
「それで、あなたはわたしがこの国の王妃・・・こちらでは皇妃というのよね。それになろうとしていると?」
尋問官のような物言いに思わずごくりと唾を飲み込むと王女があからさまに大きくため息をつく。
「何も王女さまが望んでとは思っておりません。ただ、どうしても避けられぬ道はございましょう」
言い訳がましくなってしまったが、これは本心だった。
瑞では女は道具のように嫁がされるのだと聞く。そんな価値観の持ち主たちであれば、今一番押さえておきたい燕の王族と婚姻関係を結びたいと思ってもなんら不思議ではない。むしろ今までその話がなかったこと自体が不自然だった。
「確かに避けれない道もわたしにはあるわ。でも・・・・あなたの予想は半分辺りで半分外れよ。そうね、続きは・・・屋敷だとどこの誰が聞いているかわからないから酒楼なら話せるんだけど」
その切れ長の瞳を細め、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
以前、大陸の更に西にある諸国より来たという
「しかし・・・万が一何かあった時わたしの首はございません」
「あら、大丈夫よ。万が一何かあった時の為に最期の言葉はちゃんと残してあるから」
つまり、遺書はちゃんとあるから心配するな、ということだ。
「そんな縁起でもない」
「そうかしら。むしろ万が一なんていつ起こるかわからないのだから残しておいて損はない・・・
その名に蛍順の顔が強張る。
貴博は王族の警護を一身に任される
「ぐっ・・・・わかりました。しかし、少しでも危険だと判断したら即屋敷に戻りますよ」
ぱあっとわかりやすく王女の顔が輝いた。
「ありがとう蛍!やっぱりあなたにしてよかったわ」
護衛としてこれ以上ない褒め言葉のはずだが、どうにも暗に都合がいいと言われている気がしてどうしても素直には喜べなかった。
「あ」
名物である
「いかがいたしましたか」
向かいで同じく包子に舌鼓を打っていた蛍順がそっと茶を差し出してくる。別に詰まらせたわけではないが、確かに喉が渇いていたのでありがたく頂戴する。程よいぬるさになった茶が喉を潤してくれる。
「そういえば、今日の晩餐は鶏の
「ああ、そういえばそんな話していましたね」
「せっかく準備してくれたのに申し訳ないことをしてしまったわね」
しゅんと肩を落とす王女。
「王女さま、その心配は無用だと思いますよ」
「何故?」
「お忘れかもしれませんが、屋敷の半分は燕から連れてきた者です」
そして残り半分は王都で斡旋した者だ。
一応身分が確かな者を雇っているつもりだが、信頼という点では国から連れてきた者に比べれば劣ってしまう。だから一見一番機密性が守られていると思われがちな屋敷で詳しく話すことは避けたかったのだ。師蝉や蛍順のような異能を持つ者が紛れ込んでいないとも限らない。
「そんなことわかっているわ・・・あっ」
やっと気付いた様子の王女に今度はニヤリと蛍順が口端をあげた。
基本屋敷では王女の食事は大目に作り、残りは賄いとして屋敷の者たちに分け与えられる。王女がそっくりそのまま食べなければ、その分取り分が増える。そして今日の献立は米を使った什錦飯。王女が恋しく思っていたのと同様に恋しく思い始めていた頃だろう。
「そう・・・それならよかったわ」
意図したわけではないが、それで屋敷の者たちが少しでも幸せになるなら万々歳である。
初めは必要最低限、それこそ師蝉と蛍順を含む数名で王都へ出向くつもりだった。しかし、それを知った従者たちが自ら共に王都へ行くと志願してくれたのだ。下手すれば故郷に帰れなくなるかもしれないという話もしたが、それでも彼らは着いてくる道を選んでくれた。王女という立場とは謂えど、これほどまでに従者に頭が上がらない思いをしたことはない。おかげで旅も王都についてからも何不自由なく暮らしていけている。
「今頃『王女さまはわたくし共の為に態々外で食事をとられているのだ!皆の者心して食せよ!』と
法円とは幼き頃より使えてくれているものの、あの目線すら合わせてくれない従者である。
ちょっと・・・・いや、かなり変わり者だが、悪い奴ではない。侍女の話によると王女さま
「あまり奉られても困るんだけど」
「いいのですよ。あれはもはや彼の趣味ですから」
「それは感心できないわね」
趣味、王女。
完全に仕事人間の思考である。
そんなこんなで雑談をしながら腹をある程度満たし一服していると、蛍順が急に真面目な顔になる。話をする時が来たのだ。
「そうね。まず、この国の婚姻制度についてどの程度知っている?」
「我が国と違い一夫多妻が罷り通っているということくらいは」
まるで吐き捨てるかのような言い草に思わず笑ってしまいそうになる。
むしろこのご時世一夫一妻の燕国の方が珍しいのだが、それが当たり前の倫理観で育っているため燕の人間は嫌悪感を示すものは多い。そして、蛍順もまたその一人だったというだけに過ぎない。
「では、まず今わたしが置かれている状況から話すわ」
そういうと王女はほどんどの人間が聞こえないが、蛍順にはギリギリ聞こえる程度の音量で囁くように語り始めた。
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