/// 後日談 /// This is Our Fate, I'm Yours.
目を覚ましたのは肌寒かったせいだと思う。
青く沈む靄の中、アーセルトレイの街はまだ息をひそめていた。遠くの方で踏切の鳴る音がして、始発列車はもう動き出しているのだと分かった。
重い瞼を持ち上げるのが億劫で、薄目を開ける。大方予想はついていたけれど、やはり布団の隣は空っぽだった。
こんな朝早くに、彼はどこへ行ったのだろう。
寝返りを打つと、湿り気を帯びた布地が素肌を
戦闘中に浴びたのか、左の肩口から右の腰辺りにかけて一息に、ばさりと大きく袈裟切りの刀傷。気づいた時にはすでに綺麗にふさがっていたが、青白い肌の上、薄い肉を抉るようにして彫られたそれを認めて、昨夜の彼は満足げに目を細めた。
彼が傷跡に触れるたび、灼けるように痛むものだから、止めてほしいと訴えようとしたのだけれど、絶え間なく押し寄せるやり場のない苦しみに翻弄されて、嵐の海に放り出されたみたいに、彼に手を伸ばして縋るのが精いっぱいだった。
意識が落ちる直前、髪をくしゃりと撫でられ、大きな手から与えられるあたたかさに、触れられてもいない傷の奥深くがズクリと痛んだ。
それにしても、と思う。
彼の行先が見当もつかない。何せ僕は、彼のことをほとんど何も知らないのだ。いや、正確には、忘れてしまっているのだけれど。彼に訊いたところで、「記憶を取り戻せば済む話だ」とはぐらかされてしまうのが常だった。
彼の出で立ちやら振る舞いやらで、人には言えないような類の危ない仕事をしているのはわかっていた。だが、それ以上は何も。
偽りとはいえ、死者の世界では随分と恨みを買っているようだった。彼の方も戸惑っている素振りはなかった。それなりの数の人を殺して死なせて、そうやって生きてきた人間なのだろう。
呼び出されたのだろうか。こんな朝早くに? その手の仕事に時間なんて関係なさそうだけれど。
考え出したら止まらない。
これがもしも、本当に、今度こそ危ない橋だったら。今の彼はただの人間だ。一人では
どうして一人置いて行ってしまうのだ、といない彼を責める。「俺はお前さんのモンだ」と抜かしたのはそっちのくせに。僕はもう、あなたなしでは生きていけないのに……
と、その時。
家屋の外階段を踏み鳴らす足音に、思考が引き戻された。徐々に近づいてくるそれは、部屋の前で止まった。続いて、ガチャガチャと小さい金属片がぶつかり合う音。鍵を探しているようだ。
チリ、とかすかに痛みが走る。
出迎えてやろうかなどとらしくない考えがよぎったが、体がどうにも重だるく、起き上がれそうにない。
仕方がないから寝たふりを決め込もうと、布団を頭からかぶり直して目を瞑った。息を吸い込めば彼の匂いが肺に満ちる。わかりきったことじゃないか、ここがあの人の帰る場所なんだから、となだめてみても、胸の痛みは消えてくれなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます