第6話 キスして欲しい

「これ、これって、慣れるものではないと思うよ」ちひろは震えていた。

「天災みたいなものだよ。たぶん僕を狙ってきたんだと思う」

ちひろの震えを知って、レアルはちひろを抱きしめた。

「大丈夫だよ。もうやっつけちゃったから」

ぎゅうと抱きしめられていたと思ったら、ポンとレアルはぬいぐるみになった。

「どしたの?」

「いや、なんとなく。なんとなく、キスしてほしいと思って」

「何それ茶化してるの?」ぷぷっとちひろが笑った。

「頑張ったし、いいじゃないのー」

レアルは、ぬいぐるみのままだ。

「キスしたら戻るよ。してくれると嬉しいな」

「そんなせがまれたらやる気がなくなる」ちひろは空元気で返した。

「じゃあもういい」レアルは拗ねた。

ちひろは、ぬいぐるみの頭を優しく撫でた。

「僕、このまま?」

ぬいぐるみが、困った子犬のような顔をして、上目遣いになる。

「いいんじゃない、このままで。学校に連れて行きやすいもん」

ちひろは、そう言うとクスリと笑った。ちひろがようやく笑ったので、レアルはほっと一息ついた。

「鳥になれるんだったら、ぬいぐるみでも大丈夫じゃない?」

ちひろは意地悪そうに言う。

「人に戻ってる方ができること多いよ。用心棒としては」

「用心棒なんて、そんな体格じゃないでしょー」

レアルの背の高さは、ちひろと同じくらいだが、痩せているせいでもっと小さく見える。

「体格的には小さいかもだけど、鳥にもなれるし着ぐるみにもなれるし、魔法も使えるんだよ」

「それはわかってるけど、ぬいぐるみの方が都合がいいからこのままで学校に行こう」

「ひどーいー。頑張ったから、キスしてもらいたかっただけなのに」

ぬいぐるみがさらに悲愴な顔つきになる。

「浅知恵だねっ」

ちひろは、ぬいぐるみと強く手を握った。

「あー、蛇、ほんと怖かった!」

本当、怖かった。だから、レアル、ありがとう。

ちひろは、ぎゅうとぬいぐるみを抱きしめると、軽くぬいぐるみにキスをした。


ポンポンポン、とレアルの体が大きくなった。

ジンベイのまま鳥になったせいか、今回はジンベイをちゃんと着ていた。

「うーやっぱり人の体の方がいい。キスもしてもらえたし」

レアルは、満足げに頷いた。

もー何言ってんだよ。ちひろは、カッと顔が熱くなった。こんな小さくてもきちんと男の子だなあ、と思うと、意識してしまう。

熱くなる首筋に手をやると、レアルがクスクスと笑っている。

「遊ぶのはいい加減にしてよね」

ちひろが言うと

「遊びじゃないよ本気だよ」とレアルは楽しそうに返す。

「僕、ちひろのこと好きになっちゃった。ちひろと一緒にいたいんだ」

レアルは肩をすくめて、いとも簡単に言う。

「大変よ!私と一緒にいるの。お金ケチって晴海埠頭に行く女なんだよ」

「それが良かったんだよ。僕を拾ってくれたでしょ」

そういえばそうだった。すっかり忘れていた。最初は助けてくれって言われたんだった。

「ちひろが僕にキスしてくれたから。ちひろは、僕の恩人」

レアルは、その場に膝をつくと、ちひろの手を取りキスをした。

「ちひろー!一緒にいて!!!」

レアルはいきなり叫んで立ち上がり、ちひろを抱きしめたかと思うと、おでこをくっつけてきた。

「ちょ、ちょっと待って!展開が早すぎる!」ちひろはのけぞって離れようともがく。

「早すぎないよお」

レアルの目が本気で怖い。困ったなあ。

「ちひろは大人しくしてなさい」

「はいーーーー」ってえ、なりません!ちひろはあたふたする。

レアルは再びぎゅうとちひろを抱きしめた。

「きちんと優しく好きだよのキスをしてね」

レアルは耳元で囁いた。


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王子様はぬいぐるみ @tama2022

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