第2話 キスしたら戻る?上

有楽町あたりは、風が落ち着いていて、さほど寒くなかったので、自転車とぬいぐるみを持ってても動けた。ぬいぐるみは持っていると言うより、浮いていたのだが。

お目当てのホテルはすぐに見つかり、部屋に入ることができた。

「はー疲れた」

ちひろはふう、とため息をついてベッドに横になった。

緊張していたのだろう。身体を操っていた線が一気に緩むような気がした。

レアルは宙に浮きながら「僕も疲れたあ」と言うと、ベッドに転がった。

ちひろはレアルを抱き寄せながら

「レアルってすごいのね。空も飛べるなんて」

「そう僕、本当にすごいんだよ」

「何者なの?」

「王子様」

「なるほど。そういうぬいぐるみの国みたいのがあるの?どっちかって言うと宇宙人みたい」

「違うよ、僕は本当は、君たちみたいなんだよ。人間の形をしてたのが、黒の魔法使いのせいで、ぬいぐるみにさせられて、こっちの国に流されたんだ」


「異世界からかあ・・・まあ、そう言う展開もなきにしもあらずよね」

ちひろは、うんうんと頷いていた。もう色々魔法を見たので信じざるを得ない。

「とりあえず、今日はお風呂に入ってゆっくりするわ。寒かったから身体が凍えそう」

ちひろはそう言って、お風呂にお湯を溜めた。

「あんたも一緒に洗ってあげるわ」

「いや、いいよ僕は、一応王子様だし」

「洗ってあげるって言ってるんだから、一緒に入ろう」

「いや、だから王子様だから男なんだって」

「でも、今はぬいぐるみでしょ。ぬいぐるみから『男だし』とか言われてもピンとこないよ。入っちゃおう。頭とか汚れてるよ。鏡見てごらんよ。自分で洗えないでしょ」

「鳥と着ぐるみとぬいぐるみにしかなれないけどね・・・」

「ほら。着ぐるみったって、手が生えてなかったから、鳥の途中みたいな感じじゃないの」

「そう・・手は動きが難しくて無理なの・・・」

やっぱり。手って複雑な動きをするもんね、と言って、ちひろは脱ぎだした。

「ちひろ!堂々と脱ぐのやめて!!お願いだから!!」

レアルは後ろを向いて金切声を出した。

「わかったじゃあタオルで目隠しでもしとこう」

ちひろは、レアルの目のあたりにタオルを巻き、お風呂に一緒に入ることにした。

浴槽に浸かると、2人して、ふう、と息を吐いた。

「レアルがいてくれて本当に助かった今日は」

「どういたしまして」

お湯に浸かったまま、髪を洗った。そのシャンプーで、レアルを洗うことにした。

レアルは泡が茶色になるくらい汚れていた。

「レアルはどうして晴海埠頭にいたの?」

「どうしてかわからない、王宮に姫といたんだけど、気づいたら風に飛ばされてた」

「姫って何?」

「許嫁なんだけど、どうやら黒の魔法使いと通じてたんだと思う。何か飲まされたから、こんなぬいぐるみになっちゃった」

「姫に裏切られたの?」

「わからないけどね・・・」

「かわいそうにーーよし、私が面倒見てあげる!だから頑張るんだよ!」

ちひろは、よしよし、と頭を撫でると、ぬいぐるみにキスをした。

その途端にーーーぬいぐるみの形が溶けた。

ざば、とお湯から出てきたのは、金髪で裸の少年だった。

「ええええええええええええーーーぎゃあああああああああ」

幸いなことに少年はタオルで目隠しがされていた。

「えっ。ちょっと待って何か!起きた?!キスで戻った?」

レアルは何が起きたか把握できていない。

「な、何か起きたどころじゃないのおおおおお。王子様になったああああああああ」

ちょっと待て冷静になろう。とりあえず、服を着よう。

「レアル!目隠し外さないでよ!って、そのまま立ってないで座ってお願い!」

「あっ。わかった!何か隠すものちょうだい」

「タオルの予備ない!!仕方ないからそのままでいて!!私があがっちゃうから」

ちひろは急いでシャワーを浴び、泡を落として、風呂場をでた。

着るものは、ホテルの浴衣を着ようと思っていたのだが、それはレアルに貸すことにして、ちひろはtシャツとパンツで寝ることにした。tシャツがロングだからまだなんとかなる。

「レアル!目隠し取っていいよ。自分で洗って出てきて。浴室内にホテルの浴衣置いてあるでしょ」

「わ、わかった」

あんまり大声を出したから、さらにどっと疲れてしまった。

「ちひろ、あの、浴衣の着方がわかんない」

「羽織って、前を重ねて、腰で縛るだけ」

「ええ?それだけじゃ、わかんないよお」

「じゃ、タオルで前隠して出てきて!」

レアルは、おずおずと出てきた。金髪に碧眼。細い顎に、繊細そうな赤い唇。細い腰に、痩せた肩。

ちひろは後ろから、浴衣を羽織らせ、腰紐を結んだ。

プルプルと仔犬のようにレアルは、頭を振った。

ここにはドライヤーってものがあるのよ、とちひろは言って、レアルを座らせ、髪を乾かし始めた。

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