開封


――人魚を孵化させて、飼育日記的なエッセイを書いてください


「詳細が聞きたい」と返信したあと横山さんから来たメールの冒頭には、そう書かれていた。

「人魚……?」

 俺は画面をじっと見ながら、何度も首をかしげる。

 でも、この世に人魚なんて存在しない。するはずがない。だから脳内で「きっとスマホゲームのことだな」とひとり納得し、依頼を請けることにしたのだ。

 もともとゲームは好きだったし、何度か執筆したことのあるエッセイは小説よりも評判がよかった。

 再起を図るにはこれが一番……と思ったのだ。


「まさか、こんなことになるなんて……」

 ため息をつきながら呟くと、テーブルに置かれた段ボール箱を覗き込む。

 段ボール箱の中には15cm四方の水槽と、エアーポンプやらの機材に水草の入ったビニール袋。あとはよくわからない小箱が乱雑に詰め込まれていた。

「金魚だって飼ったことないんだぜ? なのに、どうしてこんな怪しい……」

 俺はブツクサと呟きながら、「人魚の素」と書かれた小箱を取り出し、さっきよりも大きなため息をついた。



 小箱の中には6つに折られた透けるくらい薄い紙が入っていた。

 おそるおそる開いてみると、どうやら「人魚の素」の解説書らしい。英語、中国語、アラビア語に……多言語で書かれた解説のなかから、日本語を探す。

「お、あった。ええと、『人魚の育て方』……?」

 不安な色使いで書かれた水槽の図とともに書かれていたのは、こんな文章だった。



********

①「人魚の素」を塩素を抜いた水槽に入れ、光の入らないように一晩置くます

②朝起きたら人魚が孵化しました。熱帯魚用の餌を与えてください

③人魚のいる素晴らしい素敵な生活が幕開けです

********



「ハハッ、『いかにも』なやつじゃないか……」

 どことなくおかしな日本語が、この製品の怪しさを際立たせる。おまけに人魚とは何なのかも育て方の詳細も書かれておらず、あまりにもお粗末な解説書だ。

 それに加えて、チャック付きのポリ袋に入れられた、キラキラとした不思議な粉。袋の表面に「人魚の素」と書かれているのが、なおさら怪しさを増長させている。

 しかし不思議と、俺の心には最初と違った気持ちが芽生えていた。


「悩んでてもしょうがない! 育ててみようか、『人魚』ってやつを」

 胸に残る不安を払拭するよう、手のひらで頬を軽く叩く。

 俺はテーブルにあったメモパッドの表紙に、マジックで「人魚飼育日記」と書き、その下に今日の日付を記入した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る