第3話 疑惑

 お茶会が終わって、一月程たった頃、シェリルが屋敷に訪ねてきました。


 なんだか、困っているようなかんじで、いつものハキハキとした明るい雰囲気とは明らかに違います。


 侍女たちが下がり、二人になると、焦っているように話し始めました。


 「ねえ、エミリア、落ち着いて聞いてね、モーガン伯爵って知ってる? 」


 「ええ、知ってるけど、確か50を少し過ぎたぐらいの方ではなかったかしら 」


 「そう、そのモーガン伯爵とエミリアがね、不倫してるって噂があるのよ 」


「えっ、嘘でしょう? だって私、二人でお逢いしたことも無いわよ 」


 な、何を言われてるのでしょうか、私が不倫? 


 ふーっ、と大きなため息をひとつ吐いてから、シェリルが真剣な顔で私を見つめています。


 「私はもちろん、嘘だとわかってるわ、マリエールもね、でも、貴方を知らない人達は面白がって噂してるのよ 」


 一気に血の気が引いていくのがわかります、なんで、……どうして、どこからそんな噂が……


 「待って、もしかして、アンドレ様もその噂をご存じなのかしら 」


 「ええ、……多分、耳に入ってきてると思うわ 」


 っていうか、誰よりもアンドレ様に聞いて欲しいのだと思うわよ、あの女は! いつだって他人のものばかり欲しがってるんだから。


 「そんな、……でも、私はほとんど屋敷から出ないのよ、お父様もお母様も良くご存じだわ、だから、…そう、私じゃないって、認めてくださるわ 」


 「あのね、エミリア、そんな噂は家族が否定するのは当たり前よ、誰も本気できいてないわ 」


 この子は、本当に世間知らずなのね、何事も無くアンドレ様と結婚されてたら良かったのだけれど、本当にあったかどうかなんて問題じゃないの、大事なのは、あったかもしれないと思わせること、そして、アンドレ様がフリーになるのを望む人がたくさんいるってことなのよ。


 「わ、私、アンドレ様にお会いするわ、そして、私は不倫なんかしていないってきちんと説明して、分かってもらわないと 」


 「そうね、それがいいと思うわ、オルシアン公爵家に行きましょう 」


 私は、まずセバスチャンに、至急で申し訳ないが、アンドレ様とお逢いしたいと先触れを頼み、急いで身支度を整えた、大丈夫、アンドレ様はきっとわかって下さるわ、私が不倫なんてする訳ないよって、笑って否定してくださるから何も心配いらないの、アンドレ様、いつもと同じように笑ってくださいますよね?


 オルシアン公爵家に着くと、いつも迎えてくれる執事のダミアンさんが、ちょっと困ったような顔をされてる?


 その顔を見て、ドキンと、心臓が跳ね上がった。


 まさか、不倫の噂が耳に入ってそんなふしだらな女が来るのは迷惑だとでも、……思われてる?


 「エミリア、大丈夫、顔が真っ青よ 」


 心配そうにシェリルが声をかけてくれるけど、自分でもどうしようまないくらい呼吸が荒くなっているのがわかる。


 でも、帰る訳にはいかないの、アンドレ様にお会いして、誤解だとわかっていただかなくてはいけないのだから。


 「エミリア様、アンドレ様は今、別のお客様とお逢いになっておられますので、少々お待ちいただくことになるかもしれませんが、よろしいでしょうか? 」


 「大丈夫、です、こちらが急にお願いしましたのだから、どうぞ、お時間はお気になさらないで下さい 」


 「かしこまりました、では、ご案内いたしますので、どうぞこちらへ 」


 執事のダミアンさんに案内されて、中庭を通り抜けていく時に、話声がきこえてきた。


 この声は、アンドレ様とアマンダ! 


 「ねえ、アンドレ様、まさかエミリアが不倫をしていたなんて、ショックが大きいと思いますけど、でも、結婚前に分かって良かったのではありませんか、今なら、婚約も無かったことにしても、誰もが納得いたしますわよ 」


 アマンダ、貴方は何を言ってるの? なぜ、アンドレ様と腕を組んでいるの?

 呆然と、立ち止まってしまった私達に、声がかけられる。



 「お嬢様方、立ち聞きはあまりよろしいものではございません、さあ、どうぞ、こちらへ 」


 促されるままに、中庭を抜けて案内された部屋へ入ると、一気に体の力が抜けてしまい、床にへたりこんでしまった、シェリルが手を貸してくれたので、椅子に座ることが出来たが、心配そうに私を見るシェリルに気を遣う余裕はとてもなかった。


 部屋に二人を案内したダミアンは、中庭に続く入り口のほうに進みながら考えていた、エミリア様が不倫などと、どこから噂が出たのかと思っていたが、どうやら犯人は、あまり頭が良くないらしい、アンドレ様も公爵様も奥様も、もちろん私も、エミリア様が不倫などあり得ないと思ってはいたが、これはどのような決着をみせていただけるのでしょうな、期待しておりますぞ、お坊ちゃま。


 内心で何を考えているのかなど、顔に出すわけもなく、ただ、アンドレにお客様が到着されたと丁重に伝えただけだ。

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