第4話 我が怪しき同胞よ


 どれほど華やかな風景が広がろうと、人が住む共同体には必ず光と闇がある。


 俺たちは軍のドックに船を預けると、風来坊特有の勘ではぐれものたちが集まる安宿を探し当てた。

 いかにも素性の怪しい連中がいそうな煤けた建物に足を踏み入れると、かすかに甘く燻すような匂いが鼻先に漂ってきた。


「三名だ。ドミトリーでも何でもいい」


 カウンター越しに声をかけると、恐ろしく太った女主人が姿を現した。


「ちょうどおあつらえ向きの部屋があるよ。昨日までいた剣呑な連中が出てったからそこを使っとくれ」


「どんな連中なんだい、出てった奴らってのは」


「屍島で『死体堀り』をしていた奴らさ。やばいパーツを持ち込んで非合法の義手やら生体電子脳やらを作っていたけど、ギャンブルですっからかんになっていなくなっちまった」


「面白い、そいつらが悪運を持って行ってくれたと考えれば、案外、験のいい部屋かもな」


「まだ一人残ってるから、せいぜい仲良くやっとくれ。ただし刃傷沙汰はご法度だよ。あと、あんたたちみたいな『いい男』はこの辺りじゃ時々『お姫様』にされちまうから、気をつけるんだね」


「あいにく女にしか興味はないんでね。……いや、女よりも金と寝たいタイプの人種かな」


「ここに来る連中はみんなそうさ。……部屋に鍵はないよ。大事な物は自分で守っとくれ」


「わかった、色々ありがとう」


                  ※


 教えられた部屋は昼間だというのに薄暗く、何かを企むには好都合な雰囲気だった。


 調度と言えば二段ベッドが二組と洗面台、それに今にも脚が折れそうな机だけだった。


「さあて、さんざん旅人をカモってきたいかさま師たちを、丸裸にしてやるとするか」


 俺が敵の裏を書く作戦を練ろうと相棒たちに呼びかけた、、その時だった。


「うるせえなあ。せっかく無法者どもがいなくなったと思ったら、またおかしなのが来やがった。昼間から人の安眠を邪魔するんじゃねえ」


 俺が驚いて二段ベッドの一つを見ると、ぼろきれのような毛布が持ちあがって髭だらけの顔が覗いた。


「悪い、生きてる人間がいるとは思わなかった」


 男はのそりと身を起こすと、梯子を降りて下のベッドの縁に腰かけた。


「見ない顔だが、こんな物騒な島に何をしに来た?」


「ギャンブルの女神とデートの約束をしちまったんでね。それもどうやら人工知能の女神らしい。軽く酔わせてものにしちまおうかって思ってたところさ」


「人工知能だと?……そいつはまた、命知らずな。止めておいた方がいいぜ、よそ者さん」


 男はそういうと、ニットのヘアバンドを触った。見た目にはただのヘアバンドだが、俺にはすぐにピンと来た。あれは思考センサーに考えを読まれないための特殊シールドだ。


「ご忠告ありがとう。どうやらあんたも含めてここは人を食らう魔物の巣窟らしいな」


 俺が冗談めかして言うと、男は「よくわかってるじゃないか」と口の両端を吊り上げた。

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