第34話 女王
「あら、お帰り、テュア。それにタルトと、シータも。
家出少女がこんなにも集まっているなんて、お母さん感激よ。
――あとは、プロロクがいればコンプリートだったんだけどねえ。
まあ、あの子は仕方ないか。
で、これはどういう事なのかしら? ロワ、もしかしてばらしちゃったの?」
貴族の中でもハイエンド、シャーリック家の主であり、
実質、貴族街と森林街の王妃的な存在なんだけど、
とてもそうとは思えない、ラフな言葉遣いだった。
もちろん、外交の時は、
それなりの言葉遣いなんだけど、昔から母さんはこんな感じ。
厳しくするくせに、自分に甘いんだよなあ、この人。
そして、父さんに厳しい。
初めてのデートの時、父さんをボコボコにしたって聞いたけど、
元プロレスラーじゃないよね?
まあ、それは体の線の細さで分かるけど。
真っ赤なドレスが似合っている――、
大胆に足を出し、胸元が大きく開いている。
これで四十代なのだから、驚きだ。
若い。肌がつやつや、張りがある――本当に四十代か……?
金の力というか、医学の力がすごいよなあ。
たいていは、人間が生み出した技術である魔術で、なんとかなっちゃうわけだけど。
「ロワ?」
「え、あ、はい。……どうやら、テュアが、知っていたようです」
「ふーん、あっそ。テュア、外の世界でそれを知ったの?
誰が言ってた? 本、なら、誰からをそれを見せてもらったの?」
「ええと、いや、さすがにそこまでは……、
酒場にいたおっさんだったけど。杖をついた、あれはもう、おじいちゃんか」
「そ。じゃあ、シャーリック家の血を持つ誰かね。
じゃなきゃ、そんな本を持っているはずがないし。
テュアにわざわざ見せたのも、シャーリック家の者だと分かったからでしょう」
そう言えば、確かに向こうからあたしに話しかけてきた。
頼んでもいないのに、物語を読み聞かせてくれて、
しかも姉が危ないかもしれない、とまで。
確かに、そんな事を知っているのは、関係者ぐらいだろう。
しかも、わりと深めに、関係が繋がっている人物――。
あのおじいちゃん、誰だよ……、親戚って感じだろうか?
「親戚かもね……でもまあ――さあ、どうでしょうね。
お母さんの時は、シャーリック九十九姉妹だったし」
「きゅっ、九十!?」
「嘘よ」
なに、その嘘……。
相変わらずの性格だった。
しつけは厳しいのに、いざ話してみると、面白いから大好きだ。
大好きだけど、やり方がちょっと大胆で豪胆だから、逃げたくもなる。
飴と鞭の飴が、ちょっと求めているのとは違うから、困ったものだった。
「ホントは四姉妹。ちなみにお母さんは、四姉妹の中でも最弱よ」
「なにを基準にした強さなのか分からないけど……」
「末っ子ってだけ」
まあ、確かに最弱ではあるけど。
末っ子って、いちばん、立場が弱いからねえ。
けれど、いちばん甘い蜜を
あたしらの末っ子、シレーナがまさにそれ。
しれっと、安楽椅子に座って、
じたばたもがくあたしらを、見下しているような――やだよ、そんな九歳。
でも可愛いから、許しちゃうんだよね。あたしって、妹以前に、女の子に甘いから。
「母様。フルッフではなく、私を後継者にしてください……お願いします」
「でも、お前は後継者の証である首飾りを奪われたじゃないか。
お前にはそう伝えたはずだ。守り切れなかった、お前が悪い。
だから聞けないね――、とは言え」
母さんは、それから全員を見回した。
一人一人の顔を見て、ふっ、と笑みを作ってから、
フルッフがかけていた首飾りを、優しく、素早く奪い取る。
抵抗する素振りも、フルッフはできなかった。
「ていうか、まだ私は、誰かにこの役目を渡すつもりはないんだけど……、気が早いわよ。
だって、いざ選ぶとするなら、全員に言うでしょ。
ロワに先に言ったのだって、偶然、聞かれちゃったから。
……あのハゲ……、こほん、お父さんがうっかり聞かれちゃうから」
いまっ、自分の旦那の事を、ハゲと言ったよね……?
確かにハゲだけど、あれはスキンヘッドと言ってあげてほしい!
悪態をつきながらも、惚気る母さん。
仲良いよねえ、二人……これでも理想の夫婦だった。
「だから、本当ならロワも知らないのよ。
でも、まあ遠い未来の話ってわけでもないし、みんなが知って、平等かな。
ここにいる誰かを選ぶのは、決定事項。変更はない。
誰かにするかは、まだ決めてない――首飾りを持っていようが、
私がダメと言ったら、後継者になれるわけがないから、そこは勘違いしないように。
だから――つまりね、
お前らにはまだ早い話なんだから、
今は一生懸命、スキルを磨く事に専念しろって事なんだよ」
分かったかな? と、昔のように、
小さな子供にものを教える母親のような仕草で、脅しをかけてくる。
母さんのニッコリ笑顔が、いちばん恐い。
この場にいる姉妹全員、黙ってこくこく頷いた。
「そ。ならいいわ。
ああ、あと、家出をするのは勝手だけど、逃げた分、評価は下がると思いなさい。
でも、ここでは得られない経験をしたのなら、それはプラス評価になるから、
完全にダメってわけでもない。そこら辺は、私のさじ加減だから――、
自己責任で賭けてみるのもいいんじゃない?」
そんな事を言い残し、母さんが去っていく――ちゃっかりと、首飾りを回収して。
まあ、持っていても意味がないなら、わざわざ手元に置いておく必要もないかな。
欲しいとも思わないし。
あたしは、後継者って器じゃない。
後継者になった誰かを、支えるのが性に合ってるね。
「テュア……ごめん、ごめんなさい」
「え、なにが……?」
「四年前のこと……」
ええ……、今更、それを蒸し返すの……?
いや、でも、きちんと解決できてなかったわけだから、いいのか。
ロワの言っている事は、正しいのだ。
いいよ、と頷きそうになって――あれ? と思う。
「ごめんなさいって、それを先に言うべき人が、いるんじゃないの?」
あたしは怒って、勝手に出ていっただけだ。
事件の当事者は、だからロワと、もう一人。
被害者がいるじゃん。
「ほら、謝りにいってこい。謝ったら許してくれるよ」
「……そうね。そうするわ」
ロワが立ち上がり、タルトの元へ歩み寄った。
タルトは驚き、サヘラの背に隠れ、
そのサヘラも目を瞑って、うしろに下がろうとし、タルトと押し合っていた。
……相変わらず、恐がられてるなあ。
助け船を出す事は、簡単にできるけど、
面白そうだからこのままにしておこう。
不愛想で不器用なロワがどうするのか、見ものだった。
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