第33話 首飾りの行方

「じゃあ、どこからでも」


 両手を上げて、無防備な姿になるフルッフ。

 目は閉じない。じっと、あたしら、二人を見る。


 あの目が、キーになりそうだった。

 フルッフだって、あたしらと同じ竜の精――特別な瞳を持っているわけじゃない。

 持っているのは、フォルタだけだ。


 見ていなくちゃ、状況を分析できない。

 分析し、解析できないなら、対策もできないし、変動する世界に追いつく事もできない。

 ――それを狙う。


 白衣を纏い、研究員のような容姿のフルッフにとって、観察力は姉妹の中でも随一だろう。

 姉妹という枠を越え、研究員の中でも、屈指の観察力だ。


 だから、まずは目潰し。

 あたしとロワは、勢いをつけるために走り出す。

 助走をつけて、思い切り殴るためだ。


 ロワが先行する。

 走っても殴りかかろうとしても、美しい、綺麗。

 だからそっちに目を奪われるのは当然だ。


 その隙に、あたしは、常に持ち歩いている水筒を黒ポンチョの内側から出し、

 中身をフルッフにぶちまけた。


 目に集中させて。

 一瞬でも、水が瞳に当たれば、まぶたを閉じる。


 瞬間、あたしはフルッフのうしろに周り、拳を握って、構える。

 前と後ろ。サンドイッチするように、

 フルッフの顔に、あたしとロワの拳が突き刺さった。


 ごきり、という鈍い音が鳴り、フルッフの体が回転して地面に転がる。

 ……うわあ、やり過ぎた……だ、大丈夫か……? 

 勝てないと思わせるよりもまず、向こうが気絶したらどうなるんだろう? 

 ――ああ、それは当然、エゴイスタが解けるわけだ。


 じゃあ、結果オーライか?


「……え」


 ロワの間抜けな声。

 どうした、と聞こうとしたら、あたしも気づいてしまった。


 立ち上がる、フルッフ。

 顔は変形して、ちょっと痩せたように見える。

 顔の輪郭が曲がっていた。言葉を失うほど、ちょっと引いた……。


 歩いてくる。ゆっくり、ゾンビのように。

 ――あたしは咄嗟に、フルッフを再び殴ってしまった。

 真正面から、鼻の頂点を砕くように。


 うしろに跳んだフルッフは、ぴくぴくと痙攣しながら、だけども、立ち上がる。


 さっきと同じ光景――その繰り返し。


 恐くなった。

 ボロボロのフルッフには、もう以前の面影がなかった。

 あたしら、二人が、こんな風にしてしまった。

 いくらエゴイスタの中とは言っても、こんなの――いじめじゃないか。


 殴っても殴っても、蹴ったとしても――、フルッフは立ち上がってくる。


 こんなの――、こんなの――ッ!



「ダメっ、テュア姉様、ロワ姉様――! フー姉の思い通りになってる!」



「勝てるわけ、ない……っ!」


 あたしとロワの呟きと同時――エゴイスタは解け、


 次の瞬間、目に入ったのは。


 元通りになったフルッフが、首飾りを、首にかけているところだった。



「へえ、これは綺麗な首飾りだ。

 手の平サイズのプラネタリウムだね」


 首にかけた首飾りを空に掲げながら、見上げるフルッフ。


 フルッフのダメージは全て消え、綺麗な体だ。

 それはルール上、おかしな事じゃない。

 エゴイスタは、解除された時、中で受けたダメージが、全て消えるのだから。


 しかし、あたしが疑問に思うのは、中での事だ。

 あたしとロワに殴られた……、あたしらは、本気で殴った――、


 結果、フルッフは顔が変形するほどのダメージを受けた……、だけど、立った。

 痛みを感じていないかのように。


「ああ、そんなこと? そのレベルで疑問を持っていたのか、姉上殿は」


 まるで、あたしらのレベルが低いとでも言いたげだ。

 いや、そう言っているのか。

 フルッフとあたしらじゃあ、確かに、発想のレベルが違う。

 っていうか、お前が突き抜けてるんだよ……。


 さっきの光景は、完全にトラウマだ。

 実際、あたしとロワは、腰が抜けてしまった。

 驚いたというか、ショックなんだけど……。夜、一人で眠れないくらい。


「責任を取るんだぞ。フルッフ、夜はあたしと一緒のベッドだ」

「お前とだけは絶対に嫌だ」


 予想はしていたけど、フラれた……。

 ふぅ、フルッフを誘う事によって、さっきまでのショックをかき消す事ができた。

 なんて単純、なんて簡単。あたしって、きっと扱いやすいんだろうな……。


「ま、ぼくにとっては簡単な事ではあるけど、

 二人にとってはちょっと小難しいか。

 ――ホログラム、というのは、さすがに聞いた事があるだろう?」


 ロワが頷いた。

 あれ、やばい……、あたし、分かんないかも。


「立体映像の事よ」

「ああ、それね。知ってる知ってる。いやほんとに。マジで、絶対に合ってるって」


「そこまで取り繕うと、逆に怪しいけど……、恥じなくてもいいとは思うがな。

 知らない人は、知らないだろうし」


 専門知識なのか。一応、聞いてみる事にした。


「タルトは、ホログラムって知ってる?」

「うーん、知らない」


「よし」

「タルトをボーダーラインにするのをやめなさい」


 ロワに怒られ、あたしは片手間で、はーい、と返事をした。

 なんだか今のやり取りは、昔を思い出した。

 まだ、あたしとロワが、姉妹らしかった時の事――。


「エゴイスタの中でのぼくは、立体映像だった――さて、質問はあるかな?」


「殴った感触があったわ。

 映像だったら、触れないはずよ」


「ふうん。映像に触れたら、おかしいかな」


 フルッフは本気だった。

 映像には触れない。二次元には触れない……、

 いや、映像に触れなくても、ディスプレイには触れるけど――、


 うーん、そういう事じゃないんだろうし……、立体映像……、

 それはもう、三次元って事なんだろう。


 けれど映像だったら、やっぱり触れないのが普通だ。


 だけどフルッフは、そんな常識を覆す事に、セーブがかかっていなかった。

 当たり前を崩す事に、躊躇ためらいを持たなかった。



「常識を覆すのが、研究員の生き様だよ、姉上方。

 触れる映像があったっていいじゃないか。まるで、本物同様の感触でね。

 まあ、本当はべたべたと触られたら、本物じゃないってすぐに気づくものだけどね。


 だけど、殴るなんていう一瞬の接触なら、触れても気づかないでしょ。

 ぼくも、これは試作型でね。見た目だけなら、ぼくと瓜二つ、違いなんて分からない。

 客観的な感想がほしかったんだ。ちょうど、試せる機会があって良かったよ――、


 どうやら案外、騙せるようだね、この作品は」



「……最初から、試すのが目的だった……?」


「そんなわけないでしょ。ぼくは無駄が嫌いだ。全てを有意義にしたい。

 首飾りを入手するのが目的だ。咄嗟に、実験したかった作品があったのを思い出してね、

 組み込めると思ったんだよ。同時進行で、二つを満足に手に入れられた。

 ――いいね、いつも通りだ。ぼくの予定は、ほとんど覆らない」


 ぼくの予定を乱すのはサヘラだけだね、と、ぼそぼそと呟くフルッフよりも、

 あたしはロワに視線を向けた。


 これは、考えてみれば、片手間で相手をされた事になる。

 ロワにとっては、命を懸ける覚悟を乗せた、大切な首飾りだ。


 それを、奪われた。

 実験とか、咄嗟に組み込んだとか、そんな付け焼き刃なもので。


「ロワ……、一旦、落ち着いて――」


「フルッフ。後継者になって、どうするつもりなの? 

 なにがしたいの? なにが目的なの? 言いなさい。私を納得させてみなさい」



「姉上には悪いけど、あなたほど、ぼくに覚悟はないよ。

 満足したらやめるさ。というか、そもそも封印を締め直す気もないさ。

 ぼくは知りたい事を知りたいだけなんだ。


 巨木シャンドラとは? 竜とは? 竜の精とは? 封印、とは――。

 後継者にならなければ分からない事もあるだろう。

 それを調べ尽したら、首飾りは返すよ――、

 用済みのものを、ぼくはあまり持ち続けない主義なんだ」



 ああ、フルッフらしい。

 曲がらず、真っ直ぐ歪んでる。


 格好良いくらいに清々しい。

 悪童まっしぐらって感じだけど、探求心が強いだけなんだろう。

 なんでもかんでも興味津々ってわけだ。


 そして、自分に正直、欲望に忠実。

 犠牲を厭わない。自分ではなく、他人の。


 後継者になっても、途中で辞退する気なのだから、我が身が大切だ。

 途中で、投げ出せるとしたらの話だけどさ。


「途中で、やめることなんてできないわ……、フルッフ、いいのか、短命になるんだぞ……」


「それは嫌だね。誰よりも長く生きていきたいのに。

 そうか、じゃあ、後継者になっても、封印を締め直さなければいいんだね。

 竜が封印から目覚めようが、別にいいでしょ。

 ……ううん? そっちの方が興味があるな。

 この世界の創造主である竜が現れたら、世界はどうなるんだろうか――やってみようか」


 ――フルッフ! 


 お前はっ、ロワの気持ちを、踏みにじり過ぎだぞ!


 あたしとロワが同時にフルッフを取り押さえようと動き出す。

 それを見越していたのか、

 再びエゴイスタを展開させようと、口を開いたフルッフに――、ごつんっっ!



 脳天に、チョップが突き刺さった。

 勢い良く口が閉じたフルッフは、舌を噛み、涙目になって口を押さえていた。

 ……あれは痛い。うわあ、想像を絶するよ。


 屈み込んだフルッフの首根っこを掴んで持ち上げたのは――、



「か、母さん!?」

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