第32話 必殺のエゴイスタ

「ちょっ――まさか!」


 シータが焦り、フォルタが動き出す。

 サヘラがなにかに気づき、タルトがきょとんと。


 相変わらずだなあ。

 でも、そういう変わらない子がいるだけでも、冷静になれる。


 あたしとロワの言葉は同時だった。

 だから、どっちのが展開されたのか、分からない。



『エゴイスタ!』



 見える景色の色が薄く、紫色のフィルターで覆われたように見える。

 なんだ……、見て分かる、あたしじゃない。

 そして、目の前で意外そうな顔をする、ロワでもないらしい……。


 じゃあ、これは誰の、エゴイスタだ……?



「相手に、『勝てない』と思わせた方が勝利となる。

 ぼくが勝てば首飾りはぼくの物。

 そっちが勝てば、ぼくは献身的なメイドにでもなろうかな」



 六対一だよ、と、白衣をはためかせながら、フルッフが登場した。


「ああ、これは、不利だよねえ……、姉上方?」


 厄介な相手が漁夫の利を狙ってきやがった!




「いやあ、なんて不利な状況なんだ。

 六人も敵がいて、ぼくはこうして体を晒し続けなければならない。

 ぼくの姿を見せ続けるという不利な条件が、さらにエゴイスタを強力にしてくれる」


 フルッフ――、妹の中でも異端と言える問題児。

 母さんでも持て余すほどに、質が悪い。


 フルッフは問題児ではあるが、タルトとは違う。

 印象は良いが、胸の内を探れば最悪だ。あいつは猫被りなのだ。


 不利益を絶対に出さず、シャーリック家に貢献している。

 役に立っているから、多くの事に目を瞑れ、という、あいつの見えない脅しだ。


 シャーリック家が商人としても大きくなっているのは、

 フルッフのおかげが多大に含まれている。

 昔からそうなのだ、誰とも会おうとせずに、自分の部屋にこもり、

(しかもエゴイスタで誰も入れないようにして)――自由奔放に企んでいる。


 今回もそうだ。


 あいつの事だ、たぶんずっと、最初から最後まで見ていたのだろう。

 そして、期を見て仕掛けてきた――それがこのエゴイスタだ。


 相手に『勝てない』と思わせた方が勝つ――、つまり、心の問題、気の持ちよう……、

 なんとも曖昧な感じだ。フルッフが、勝てないと思う事は、なさそうではあるけど……。


 だけど思わないだけで、あいつが人に思わせられるとも思えない。

 そういう困難さも視野に入れて、エゴイスタを構築しているのだろうか……、

 ダメだ、考えれば考えるほどに、あいつの手の平の上のような気がする。


 あたしは別に、力馬鹿ってわけじゃない。

 考えたりするし、馬鹿正直に突っ込んだりしない。

 だけど、時と場合による――。


 フルッフを相手にする時は、深く考えずに動いた方が、事態がこちら側に転がる!


 一歩! あたしが踏み出した時、


「一撃で決めようよ」

「は、はあ?」


 ずっこけ、はしなかったけど、つまづいたようにバランスを崩してしまった。

 さり気なく腕を取ってくれるロワ……、ありがと……。

 振り向くと、ロワはちょっと嬉しそうだった。微妙に、口角が上がっている。


「なあ、フルッフと会ったのは……?」

「半年ぶりくらいかしら。生身だと」


 一緒の屋敷にいて半年って……、

 妹好きのロワからしたら、そりゃ会えて嬉しいわけだ。


 あたしは四年ぶりなんだけど、そんな表情をしないよな……、いいんだけど。

 フルッフの方が妹だし、別に嫉妬なんてしてないし!


 というか、喧嘩中だった。フルッフとは状況が違う。


「フー姉!」

 そう言えば、サヘラは仲が良かったな。嬉しそうに手を振っている。


「許さないよ!? フー姉のせいで死にかけたんだから!」


 いや、怒ってた。

 なにがあったのか知らないけど、フルッフの方は、興味がなさ過ぎだろう……。

 視界に入っているのかさえ、怪しいものだ。


「ああ、エセサヘラか」


「うちはエセじゃないよ! 

 それを言うなら竜の生まれ変わりとか、そっちの戯言の方でしょ!」


 サヘラ……、戯言って。

 自分の痛い設定を自覚している事を、ネタにしていくつもりなのかな……。

 お前はどこに向かっているのか分からないよ……。


「ふう、あとは――、シリアスキラーとねちねちシスターとネットアイド……、

 いや、なんちゃってヤンキーか」


「ねちねちシスターって私のこと!?」


「ちょっと待て! なんちゃってヤンキーの前の言葉、言いかけでやめるな気になるだろ!」


「シリアスキラーって、おお、アサシンみたいで格好いいかも!」


 タルトのそれは、キラーからしか連想していないじゃん。

 フォルタもシータも文句があるだろうけど、ここは抑えてほしい。

 どうにも、フルッフの狙いは、あたしとロワみたいだ。


「一撃で決められるのなら、それに越した事はないわよ」


「ひゅうっ、さすが、姉上は話が分かるね。

 だから仕事が上手いこと回るんだな、助かるよ」


「いや、いつも助かっている。母様もそう言っていた」

「ま、社交辞令でも喜んでおこうか」


 素直に喜べばいいのに……。

 そわそわしながら胸を張るな。ないくせに。


「ロワの姉上、今だけ、テュアを一緒に叩き潰さないか?」


「おお、気にしてるのか、貧乳だって事を。

 意外だなあ。フルッフらしくもないじゃん」


「気にしてはいないよ、見た目なんて飾ったところで、目的がなければ無意味だ。

 ただ、胸がない事を馬鹿にされるのはがまんならないね。

 ネタにされるのはいちばん腹が立つ。……ロワの姉上、気持ちは一緒のはずだぞ?」


「……さり気なく、私の胸があなたと同レベル扱いされているのが気になるが……」


「そうだろう? 長女だが大きくない事を、気にしているんじゃないのか?」


 ロワがあたしの胸を見る。

 まあ、あたしは決して、小さいわけじゃない。


 大きい……んだろう、巨乳というやつだ。

 外の世界では色々と利用できたので、便利な武器だ。


 あたしと自分の胸を見比べ、ロワが微かに、しゅん、とする。

 落ち込むなら比較しなければいいのに……。

 別に、ロワの方は小さいけど、ないわけじゃないだろう。

 

 フルッフはないけど――ゼロなのだ。


「一はあるだろ!」

「一でいいの……?」


 フルッフの誘いを、ロワはしかし、断った。

 天秤はちょっと傾いていたが、フルッフに首飾りを渡してはいけない、と、

 思い返したのだろう。今ので寝返っていたら、馬鹿馬鹿しかった。


 さり気なく、今のは危なかったのではないか……? 

 いや、チャンスでもあったのか。


 エゴイスタの条件、相手に勝てないと思わせる事……、

 巨乳のあたしに、貧乳であるフルッフに、

 勝てないと思わせる事は、簡単にできたのではないか……?


 にぃ、とフルッフが笑みを作る。

 読まれた、心を? 見透かされていた? 


 結局、あたしがその行動を起こしても、勝てなかった、という事か? 

 待て、いやいや、今のも危なかった。


 細かく設定されていない以上、ノンジャンル、なんでもありで、

 勝てない、とだけ思った時点で、それがフルッフからの仕掛けだった場合――、

 その時点で決着がつく。


 これは個人戦じゃなくてチーム戦。

 六対一だから、自動的にそうなるはずなのだ。


「そうだよ。六対一のチーム戦。

 そして、勝てないと思ってはいけないのは、六人の中でも、二人――、

 ロワとテュアの姉上だよ。しかも、二人同時に、ね」


 へえ、かなり厳しく設定しているじゃないか。

 いや、フルッフは、できると確信を持っているのか。

 フルッフは、攻撃の的が二人しかおらず、しかし六人から、集中攻撃される事になる。


 勝てない、と思わなければいいのだけど――、

 無意識下まで操れるわけではない。

 こっちは全部がアドリブなわけで、なにが出るか、分かったものじゃない。


 フルッフはそれでも、にぃ、と笑ったままだった。


「一撃……、二人同時でいいよ、ぼくを殴ればいい」


 なにもしないよ、とフルッフは両手を上げ、降参のポーズ。


 当然、リザインはしない。


「暴力はしないわ」



「ん? 違うでしょ。暴力をしないために生まれたのが、エゴイスタだろう? 

 エゴイスタの中で起こった事は、現実世界に引き継がれない。

 だから究極的に言えば、いま、誰かが死のうが、

 エゴイスタが解けた時には生き返っている。


 勝者への報酬、敗者への刑罰……、引き継がれるのはそれだけだ。

 貴族は暴力をしてはいけない。だけどエゴイスタの中ではしてもいい……、

 まるで、非核三原則を持つ国が、戦争ゲームをしているみたいだね」



 みたいというか、そういう事だろう。


 力でしか解決できない問題に当たった時、

 エゴイスタを使えば、誰も傷つかずに、結果だけを出せる。


 まあ、傷というのが、心になってしまうとどうにもできないが。

 少なくとも肉体だけは無事でいられる。


 心と体で、ちぐはぐになってしまう可能性もあるけどさ。


「そうね……なら、確かに殴れるわ。

 けど、だから殴る、というわけにもいかないわ」


「んん、なんか問題でも?」

「殴る理由がない」


「そうかな?

 質の悪い、すぐに姿を隠す問題児に、ストレスが溜まっているんじゃなくて?」


 自覚してるのかよ。

 こういところも質が悪い。人間性が最悪だよ、この妹。


「いいんだよ、殴って。というか、それがぼくの作戦なんだから。

 これが二人に効くかは分からないけど。ぼくだって賭けなんだよ。

 数百ある賭けの一つ。まあ、試しにやってみればいいじゃない。

 ぼくの賭けに負ける確信でもあるのかな?」


 挑発だ、乗っちゃダメだ。

 でも、ここであたしら二人がフルッフを殴り、

 それであいつが勝てないと思えば、あたしらの勝ちになる。


 そんなうまい話を、フルッフが持ってくるとは思えないが、

 それはこっちが出し抜けばいい話だ。


 フルッフの考えを越えていく。

 思考を飛び越えていくしか、勝機はないだろう。


「ロワ――」


 あたしはぼそっと、ロワに顔を寄せて、作戦を伝えた。

 姉は頷き、そして、フルッフの賭けに乗る事にした。

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