第31話 長女と次女

 ノンフィクション――、だから実話なのだ。

 そして、神話、でもある。


 ずっとずっと過去の物語。

 神獣が頂点に立ち、並び、権利を振るっていた時代だ。


 まるで今の人間や亜人のように、

 こうして言葉も喋れて、家もルールも命も創れる竜……、

 それに並ぶ、神獣というものが世界にいた。


 いや、順序が逆か。

 神獣がいた場所に、世界が構築された――神獣によって。


 神獣という横並びになっている存在の中で、ひときわ目立ち、

 頭の数個、突出していたのが、竜だった。

 今の時代の人間が戦争をするように、その時代の神獣たちも、戦争をしていた。


 どの神獣が、世界を手にするのか……。

 いや、仲良くしろよ、と他人事で思うけど、

 昔は王政だったからかな、平等って概念がなかったのかもしれない。


 今の時代も、平等が守られている気はしないけど。


 ルール無用の殴り合い。

 そして、勝利を収めたのが、竜だった。


 世界の支配者。

 神獣は竜以外は死に、絶滅した。

 そして、今度は勝者であり支配者である竜たちが、争いを始めた。


 神獣から、竜というくくりの中で、一番を決めるって事に、変わっただけだった。

 規模が縮小された気もするけど、

 一度、勝利し、選び抜かれた者同士の戦い――、


 だから、予選から決勝戦に移行したようなものだ。


 戦いは激しさを増し、構築した世界が崩れそうになった。

 それから、一体の竜が気づいてしまったのだ。

 冷静になって、客観的に自分たちを見て、なにをしてんだ、と。


 竜は頭が良いから、分かってしまった。

 こうして集まっているから、争いが起こるんだ。

 どれだけ仲良くしても、感情がある限り、戦争は起こる。

 あれだけ仲良く、神獣たちと戦った竜が、仲間割れをしているのだ。

 身をもって体験している。


 考えた竜は、自分たちを封印する事にした。

 新たな世界を作った、新たな生物も生み出した――その上で、

 自分たちは邪魔だと――自分たちがいたら、世界は繁栄しないと。


 もちろん賛成と反対、同じ数いた。

 封印されたいと願う者、嫌う者。しかし、例外なく全員、封印された。


 されたわけじゃないな。自分で、した。生きる事を、自重したのだ。


 で、その竜たちが封印されているのが、巨木シャンドラ。

 あの巨木に、伝説の竜たちが詰め込まれている事になる。


 あたしたち、竜の精は、竜たちから命じられた使命があるのだ。

 生まれた時から記憶にあるわけじゃなくて、母親から伝えられる使命だ。


 だから知らない竜の精がいたって、おかしくはない。

 実際、伝えられていないあたしたちは知らなかった――ロワを除いて。


 その使命というのが――、


「シャンドラに封印されている竜……、その封印を、締め直すこと」


 当然と言えば当然。

 竜たちがいくら伝説なのだと言っても、数百年前の存在だ。

 封印の力が永遠に続くわけじゃない。

 ゆっくりと緩んでいく蛇口を、捻る役目が必要なのだ。


 それがあたしたち。

 つい最近までは、母さんの役目。そして次は――ロワ。


 生命力を消費する、命懸けの使命――、

 だから一世代に一人と限定される。


 その役目を担う者は、決まって短命なのだ。


「ここにいるみんな、全員が知ってる。

 あたしもたまたまだよ。旅先で本を読ませてもらってな、それで知った。

 いま、お前が首にかけている首飾りが、後継者……、

 母さんの役目を継ぐために、必要なんだろ?」


 だから奪おうとした。

 ロワの手元から離れれば、あいつの役目じゃなくなる。


 命を懸けなくてもいいようになる。


「……そう。知った、のね」


 ロワは、表情は動かさないが、それでも、ショックを受けている事は分かった。


 次女のあたしだからこそ分かる、些細な変化だ。

 他の子には、なんとも思わない長女が、瞳に映っているだろう――、


「ロワ姉様が、悲しそうな顔してる」


 ……え、サヘラ、気づいたの?


 フォルタもシータも、思うところがあったらしい。驚いた表情をする。


「え、なにが?」


 タルトは通常運転だ。

 気づかないよねえ、そりゃあ。


 サヘラがタルトに耳打ちをしていた。

 言われたら、言われてみればそう見えるかも、としか思えないと思うんだけど……、

 いいや、サヘラに任せておこう。


 ロワの表情が、すぐに切り替わる。


 一見すれば、無表情なんだけど。


「それで、この首飾りを、奪おうって?」

「まあ、そうなるね」


「奪って、私の代わりになろうって?」

「……ああ、そうだよ」


「そう……なら、命を懸けてでも、奪わせるわけにはいかないわね」


 分かってはいた。


 姉妹の中でもあたしが一番、ロワを知っていて、分かっていたからこそ、

 あいつが自分を犠牲にして使命を全うしようとしている事を、予測できた。


 それは、だから、誰にも役目を譲らないって、堅い意思を意味している。

 ばれずに首飾りを奪いたかったのは、そういう事だ。


 あいつは絶対に奪わせない。

 冷酷になって、嫌われる覚悟で突き放す。


 あいつは不器用で、妹のためなら自分を犠牲にする事を厭わない、そんな性格だから。

 不器用で、融通の利かない、でも憎めない姉だから――、あたしは救おうとしたんだ。


 けんか別れのままじゃ、嫌だから。

 でも結局、どうしてなんだろう……、けんか、しちゃうじゃん。


 使命を果たすのが、あたしだろうが、ロワだろうが、仲違いをするじゃないか。


 いつ、仲直りできるんだ……? 

 もう、できない運命なのだろうか。


「姉さん、今のは本当、か……? 

 ロワ姉様から首飾りを奪ったら、自分が使命を果たすってのは!」


「……他に誰がやる……、そのつもりだよ」


「――なら、協力はできない。ううん、協力はする。

 首飾りを姉様から取る事は、断らないよ。

 ただその後、テュア姉さんから、わたしは奪うぞ、その首飾りを」


「シータ……。奪った後は、どうする? お前が役目を継ぐのか?」

「させないわよ、シータ」


 今度はフォルタだ。

 ……ずっと続きそうな、連鎖反応。


 それもそうだ、嫌われ者でもない限り、こんな役目を押し付けようとは思わない。

 そして、あたしたち、シャーリック姉妹は、

 本人が言うのもなんだけど、みんな仲良しだ。

 誰かを見殺しにしようと思う者は、誰一人としていない。


「若干、一名、危険なのがいるけど……」

「あの子はあの子で、味方がいるわよ」


 ロワの視線の先にはサヘラがいた。

 本人は首を傾げ、タルトの背に隠れてしまった。

 なるほど、シータにとって、フォルタ枠……サヘラにとっては、フルッフなのか。


 となると、タルトに対応するのは、プロロクか。

 上手いこと、グループ分けがされている。


 あたしとロワは、喧嘩中だけど。


「一世代に一人、絶対に務めなくちゃいけないんだよな……?」


「そうよ。封印の栓を締める役目も、もう母様も、残りの生命力が少なくて、

 不可能になってしまっている。そろそろ交代の時期なのよ。私が、務めるわ」


「だから! なんでお前なんだよ……、お前じゃなくてもいいじゃないか! 

 ロワ・シャーリックでなければいけない理由なんて、ないんだろう!」


「あるよ。私でなければならない理由」


 ロワが、笑った。


「長女よ? それに、妹が早く死ぬなんて、がまんならない」


「じゃあ、逆も一緒だよ。姉が早く死ぬのを、がまんできるわけがないじゃないか!」


「姉の一人くらい、大したことないわ」

「あたしにとっては、姉はお前しかいないんだぞ!?」


 あたしの声がホールに響いた。

 あたしは、それに気づかなかった。それだけ、夢中で叫んでいたから。



「プロロクにとってみれば、姉はお前とあたしだ。

 アッコルにとっては、プロロクと、あたしと、お前だ――、

 その下にいけば、姉はたくさんいる事になる。


 シレーナからすれば、全員が姉だ。お前にとって全員が妹なのと一緒のようにな。

 ……けど、あたしにとっては、お前だけが姉なんだ。

 元々、いないのとは訳が違う。いたはずの姉がいなくなる……、

 それがどれだけ傷ついて、どれだけ心細くて、自分が最年長になって、

 姉に頼れなくなるのが、どれだけ痛いか――、お前は分かっていない!」



 ぜんぜん分かっていない。

 人の気持ちを考えようとしない。

 自分の中で決着をつけて、それが正しいと思い込む。


 長女として自覚が生まれ、変わろうとして、今みたいなお前が出来上がった……、

 努力は認めるよ、頑張ったと思う。でも、お前のその中身は全部、思い込みだ。


 心を殺したんだよ。

 昔は活発な方じゃなかった、人見知りで、体は弱くなかったけど、

 プロロクや、サヘラに似ていた。……いや、あの二人が、ロワに似ているのか。


 あたしの背に隠れるような姉で……、

 だからその元々の性格のせいもあって、不愛想になり、

 自己犠牲を平気でするようになったのだろう。


 自分の身を可愛いと思っていないから――そんな事ができる。


 我が身よりも妹が大切だから。

 あたしの背に隠れたのも、自分の身を守るためじゃなくて、

 いつでもあたしの事を庇えるようにしていたんでしょ? 


 ……今になって、分かるよ。


 みんなをこれまで支えてくれた、それは立派だ。

 でも――、あたしらを悲しませる、自己犠牲はいらない。


 そんなものは迷惑だ。


「あたしらを大切にするのは嬉しい――、

 あの時は怒りで一杯だったけど、あたしが家出をしたあのきっかけの事件も、

 不器用だけど、お前はタルトのために言っていたんだ――」


 母さんの過剰に厳しいしつけも、子供たちのため。


 強くなってほしいから。


 実際、ロワもあたしも、こうして強かに育った。

 昔のロワと比べたら、今のその違いに、誰もが度肝を抜くだろう。

 あたしなんて、外の世界で普通に生活できているし。

 人の手を借りてはいるけどね……、それもこれも、幼少時代の厳しい教育があったから。


 効果は証明されている。

 虐待なんかじゃなかった。

 本気でそうは思っていなかったけど、タルトに対して、かなり厳しかったから、

 そう勘違いしてしまうのも、無理はなかった。


 あたしの怒りが爆発したのは、はっきりと覚えている。

 ロワが、タルトを引っ叩いたからだ。

 厳しいしつけに嫌気が差したタルトが反抗し、

 それを止めるために、ロワは野蛮だと言い聞かせられていた暴力を振るってしまった。


 わざとじゃなかったと思う。

 真偽は分からないけど、思わず出てしまったみたいな、そんな表情だったような気もする。


 謝れば、あたしも勘違いしなかったんだけど、当時のロワは謝らなかった。

 下手に出てはいけないと思ったのだろう……。

 もしも謝っていれば、タルトは反抗をやめなかっただろうから、

 どっちが良かったとも言い切れない。


 ただ、謝らなかったから、あたしは家出をして、タルトも結局、家出をした。

 プロロクも、シータも。


 直接、関係はなくとも、間接的な原因にはなっているのかもしれない。

 ロワが本格的に恐れられ始められたのも、この頃なのだろう。


 一度のミスで、印象が決まってしまう。


 恐ろしい世界だ。


 どれだけ恐れられていても、ロワは改善しようとはせず、それを利用した。

 現状を見れば分かる。

 恐怖政治、とまではいかないけど、ロワの存在が妹たちの抑止力になり、

 モチベーションになっている。自己犠牲のおかげで、妹たちは強かに育っているのだ。


 ロワのやり方はみんなを救う……、けど、ロワが救われない。


 妹として、それはがまんならない。

 どうして、頑張ったロワが、幸せになれない?


 どうして、早死にしなければならない。


 お姉ちゃんだけは、

 長く生きて、みんなの成長を見届けなければいけないだろうが!



「だから――テュアが身代わりになるって……? 

 一緒だ。悲しむのは私、そしてみんなだ。

 テュアという竜の精は一人しかいない。代わりなんて、どこにもいないんだ!!」


「だから長女であるお前が責任を持って務めるっていうのか!? 

 だから、そういう自己犠牲があたしはムカつくんだ! 

 なんで相談しない、相談してくれれば、

 どうにかしようとみんなで考える事ができたかもしれないのに!!」



「……家出してるくせに」


 いまそれを言うな!


 あたしも、セリフの途中で思ったけど、スルーしたんだから!


「……平行線ね」

「そうだな、これは決まらないよ――」


 話し合いじゃ不可能だ。


 だったら――、



 やり方は、一つしかない。

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