最終話 エピローグ

 悪役、ご苦労様でした――そんなフルッフは、きっちりと制裁を喰らっていた。

 ロワから首飾りを奪った事とは、まったくの別件で。

 日頃のおこないの悪さが清算されたと言うべき、自業自得だった。


「……これは、なに? フルッフ姉さん」

「ん? シータを元にした、ボーカロイドアイドル。シータだ」


「ぜんぶ丸々、一緒じゃんか! 

 これ、街中でわたしが歩いたら、指差されるレベルだぞ!」


「都市にいけば一瞬で人が群がるだろうな。

 ネットアイドルとしては、トップレベルの人気を誇ってる。

 お姫様みたいなドレスを着たかったのだろう? なんちゃってヤンキーじゃなく、

 もっと欲望に忠実に、着てみたい服を着ればいいのに。

 ちなみに、お前が作ったチームの仲間も、お前のファンだぞ」


「あいつら!」


「ん、そろそろブログ更新の時間だな。

 シータ、離せ。ボーカロイドアイドル、シータプリンセスがファンに愛を囁く時間だ」


「よくもまあ、わたしの前でしようと思えるよなあ! パソコンを出せ、叩き割ってやる!」


「おいおい、本体を割ろうが、メインはデータなんだ。意味はないぞ」


「そのままデータまで粉砕してやるわよ!」

「クラウドから壊すのか……」


 何も知らないんだな、とフルッフが挑発し、

 怒りを振り下ろせないシータが、ぷるぷると震えていた。


 ……フルッフ、絶好調だなあ。


 この後、楽しそうな笑みが絶望によって歪むのを見ているのは、面白かった。


 ……あたしの方が性格悪いな、これじゃ。



「……なんだ、これ――」



 フルッフの表情が消えた。

 すると、フルッフが持つスマホが震え、画面を押すと、

 画面に映るプロロクが見えた。


 懐かしい……、ちゃんと生きていたのか、良かった良かった。


「これは、どういうことだ、プロロク……」

「あの、一応、お姉ちゃんとか呼んでくれるかな……」


「誰がっ! お前だろ、ネットにぼくの個人情報をばらまいているのはッ! 

 あることないこと、吹聴しまくりやがって!」


「いや、あることしか書いてないけど……。

 つい最近まで、おねしょしてたとか、お化けが怖いとか――、

 まあ、そんなレベルのものばかりでしょ?」


「そんな優しいレベルじゃないわ! どぎついの結構あったぞ! 

 しかも! ぼくをネットアイドルとして、プロデュースしてたなんて! 

 いつ、どこで、ぼくの寝顔を撮った! あっという間に拡散されてるじゃないか!」


「いいねがついているから、いいじゃない」

「その数の倍も! この恥ずかしい写真が大勢に見られてるんだよ!」


 あっさりスルーして、しかも誰も突っ込まないから言うけど、

 つい最近までおねしょしてたの……? それがいちばん引くんだけど……。


「違う! おねしょじゃない! 

 トイレにいくのが面倒で、集中して作業してたから、

 もういいやって垂れ流しただけなんだ!」


「それはそれで最悪だよ。女を捨て過ぎだ」


 ファッションから生活習慣まで、

 なにからなにまで、手からこぼれ過ぎ。

 技術力や探求心で、お前の中はいっぱいいっぱいなのか。


「ね? 一度、ネットに上がった情報は、

 なかなか消えないのよね――分かる? フルッフちゃん」


 プロロクの声が、なんだか冷たい。プロロクらしくない感じだ。


「これ以上、私の邪魔をするなら、いま以上に叩き潰すけど、どうかな――白衣騎士さん」


 ひっ、と、フルッフが似合わない怯え方をして、シータの背に隠れた。

 こういうところはそっくりなんだよなあ、他の妹たちと。

 シータはそんなフルッフを振り解き、


「しばらくは炎上して、吊し上げられろ。痛い目を見て、反省するんだな」


 お、覚えてなさいよ! 


 そんな、悪役、というか、噛ませ犬のような言葉を言い残し、

 エゴイスタを展開して身を隠したフルッフ。


 ……引きこもる気だ。

 しばらくは、出てこないだろう……、というか、出てこれないだろう。


 ネットも見れないんじゃないかな。

 姉妹として、あたしもちょっと、見るのが恐い。

 まあ、元々、あんまりネットは見ないからいいんだけどね。



 さて。


 ロワとタルトは、仲直りをしたようで(タルトは気にしてなさそうだけど)、

 フルッフもきちんと制裁を受け、後継者問題は、母さんがまだ譲る気はないようで――。

 現時点で残っている問題は、特にはないのかな――ぜんぶ解決した感じでしょ、これは。


 家出少女が四人いるけど、二人ほどは戻ると思うよ。

 ……ごめんね、逃げてばかりの姉で。

 引きこもってばかりの姉で。

 あたしはやっぱり、こっちの方が性に合ってる。


「タルトに捕まっても面倒だし、

 会おうと思えばすぐに会えるしね――、そろそろ出発しようかな」


 あたしを快く送り出してくれた旅団は、どの辺にいるんだろうか……。

 まあ、探せばいいか。いつでもどこでも、あたしはお世話になる気、満々だった。

 あっちも、いつでも帰ってこいよ、って言ってたし、じゃあ、お言葉に甘えて。


「あたしのもう一つの家に――ただいまを言いに!」


 出発進行! 


 じゃあみんな――グッドラックだぜ!





【おまけエピローグ:語り・タルト】


「わん、わんわん!」

「うーん、なんだろ、……なんとかレトリバー、とか?」


「ぶっぶー、違うよ、よく聞いた? 

 ジャーマン・シェパード・ドッグだよ」


「知らねえ」


「なんとかレトリバーじゃなくて、ゴールデン・レトリバーとか、

 ラブラドール・レトリバーとか、ちゃんとした種類名で言ってくれないと、

 わたしも正解不正解って、言いづらいよ」


「かすってすらいないんだから、思い切り不正解と言えばいいと思う!」


 サヘラは文句ばっかり! 

 せっかく暇潰しに、わたしの得意な犬の鳴き真似をして、

 それをクイズとして出してあげてるのに! 

 暇だと言ったのはサヘラなのに、もー、ぷんぷん!


「うう、ごめんってお姉。

 まさかそんなに詳しく、しかも犬が好きなんて思わなかったから。

 ……ちなみにどんな種類が好きなの?」


「ターキッシュアンゴラ」

「それは猫だ」


 正解……、それよりもよくもまあ分かったよね、サヘラも。


「うちは猫が好きなの」

「へえー。じゃあ、サヘラがクイズ出して!」


「えー、まあ、いいけど。……んにゃあー、にゃあ」

「うーん、イングリッシュ・マスティフ?」


「だからそれは犬でしょうが!」


 この子、やけに詳しいんだけど……、

 猫好きと言いながら、犬も詳しいとか、なにそれツンデレ?


「もうやめよう……言い合いだよこんなの、楽しくないよ……」

「でも、なにもしないってなると、手持ちブタさだけど」


「無沙汰ね。手にブタさん持ってどうするの?」


 噛んだのわたしだけど、ブタさんとか言ってないよ……、

 暇過ぎて、いちいち小さなつまづきを拾ってくるなあ、サヘラは。


 それにしても。


「またここに入るとはね。反省部屋。さすがにもう慣れたよ」


「いい神経してるよね、タルト姉は。しかも遠慮がないし、けっこう無謀。

 テュア姉様を追って、旅に出ようとすれば、そりゃ止められるよ。

 ダメって言われてるのに、言うこと聞かなかったから、そりゃここに入れられるよ。

 なんでうちまで入っているのか、分からないけど」


「えー、同罪じゃん」


 ちゃうわ! と叫ぶサヘラの声に紛れて、足音。

 近づいてくるのは、プロロクお姉ちゃん。


「どう? 反省した? もうあとを追いかけないって、誓える?」


「あんなに外に出るのを嫌がってたプロロクお姉ちゃんが、

 まさか屋敷に帰ってくるなんてねー」


「質問に答えなさい」


 サヘラが、ちょっとお! とわたしの頭を押して、お辞儀させる。

 一応、お姉ちゃんなんだけど。

 あ、いま自分で一応とか言っちゃった――正式にお姉ちゃんなんだから!


「もう追いかけるとか言わないから、プロロク姉様、もうここから出して!」


「残念だけど、それを決めるのはタルトだからね」


「そんな……っ」

「うん、分かったよ、プロロクお姉ちゃん」


 落ち込むサヘラよりも、一歩、前に出て、


「テュアお姉ちゃんを追いかけるなんて、もう言わない!」

「ん、よろしい、じゃあ――」


「わたしはわたしで、外の世界にいってみようと思う! 

 あ、まあすぐにとは言わないけどね! 準備とか色々あるし。

 あ、おやつとか買わなくちゃ! ね! サヘラも三百レートまでだからね!」


 サヘラもプロロクお姉ちゃんも、呆気に取られた様子で、わたしを見る。

 ……んん? またわたし、なんかやっちゃった?


「もう! お姉のバカ!」

「ええ!? なんでよ! テュアお姉ちゃんのあとは追いかけないって――」


「タールト」


 鉄格子の外から、プロロクお姉ちゃんの声。


「今日一日、じっくり反省しなさい。そして、考えなさいね」


 プロロクお姉ちゃんの表情は、さっきよりも力が抜けていて――、

 なんだか、許してくれたような気がした。


 だからわたしは頷いた。


「うん!」


「……もう、お姉はほんとに……、猫みたいに自由奔放」

「そんなサヘラは犬みたいに従順だよねー」


 そんな事を言い合いながら。


 わたしとサヘラは夜遅くまで、

 くだらない雑談に花を咲かせた。

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