第29話 仲間を引き連れて

「手伝うよ」


「いいのか……? そりゃ、助かるし、嬉しいけど、

 あいつ……ロワと敵対する事になるぞ。もしかしたら、母さんともな」


「今だって敵に回してるようなもんだし」


 なるほど、と納得。

 確かに家出中なのだから、顔を合わせればどうせ怒られる。

 だったら叱られる内容の一つや二つ、増えたところであんまり変化はないと思う。


 あたしが旅先で知った真実を教えると、

 シータはすぐに手伝う事を了承してくれた。


 ……自分でも卑怯だなあ、と思う。

 知った事を脚色せずに、そのまま伝えてはいるけど……、

 そういう言い方をされたら、手伝わない、とは言えない。


 それを見据えて、あたしは手札のカードを切っていたりもするのだ。


「さっきも言ってたけど、屋敷に入りたいの……? 

 でも、ここ、屋敷の真反対のところだけど」


「近くだとロワに見つかっちゃうだろ!」


 ばったり出くわすのだけは避けたい。

 いや、どんなシチュエーションでも、会いたくはないんだけど……。

 屋敷の真反対のこの辺りなら、

 ロワもぶらぶら歩いているわけでもないだろうし、安全だ……たぶん。


「その首飾りは屋敷に……?」


「そうだとは思うけど、どうだろ。厳重に保管されている方にあたしは賭けてる。

 ただ、ずっと持ち続けられていたら、ばれずに取ってくるってのはかなり難しい」


 ばれずに、という制限をつけたら、ほぼ不可能なんじゃないだろうか。

 いくらあたしでも、やってみなくちゃ分からない、とも言えない。

 だって明らかに無理でしょ。


 ばれてもいいなら、取る事だけは簡単だ。

 逃げるのが難しい。ま、それは取った後にでも考える事にして……、


「とにかく、屋敷に入らなくちゃ話が進まない。

 人目につかない抜け道とかあったり――」


 うしろにいるシータに目を向けながら歩いていたあたしは、

 貴族の屋敷、外壁から、メインストリートに出かかっていた。


 その時だ、


 見覚えのある、腰まで伸びた銀髪を持ち、

 亜人の中でも神がかったほどの美を持つ女性が、目の前を横切った。


 あたしは思わず息を飲む。

 ……変わらない、三度見してしまうような美人だった。

 その鋭い視線に射抜かれたいと、同性でも思ってしまう。


「姉さん、どうか――うっ!?」


 あたしの背中にぶつかったシータが気づいた。

 そう、いちばん避けたかった、

 ばったりと出くわしてしまうという状況が、見事に出来上がってしまっている。


 これはたぶん、奇跡だ。

 起こってほしくない、お金を払ってでもいらない奇跡。


 神様の悪戯か、もしくは因果応報、自業自得。

 普段のおこないが悪いから、大事なところで最悪の展開になる。


「……ん?」


 向こうも気づいた。こちらを振り向く。

 ダメだ、さっきまでは視線が別の方へ向いていたから、

 あたしたちに気づかない可能性も、万が一にもあったけど――、

 あたしの顔を見てしまったら、絶対に気づく。気づかない方がおかしい。


 いくら四年、経っていても、シータみたいに外見が、色から変わっているのならまだしも、

 あたしは四年前と変わらない――声も体も成長していない。

 心の変化なんて、相手が見ただけでは伝わらない。だから絶体絶命だった。


 ロワがあたしを見――、



 瞬間、爆音と共に真っ赤な光が貴族街を覆った。


 包んだ、とも言える。

 太陽が落ちてきて、その中心地点にすっぽりとはまってしまったような感覚だった。

 赤しか見えず、風圧が足を浮かせる。

 あっという間にあたしとシータは、真後ろに飛ばされ、


 貴族街末端から、外へ飛び出した。


「ひっ――ッ」


 引きつった表情のシータを、うしろから抱擁し、落ち着かせる。


「大丈夫、あたし、飛べるから」


 シータも飛べるんだけどね。

 まあ、パニック状態の時に冷静に竜の翼を出せ、と言うのも、酷な話か。

 これはもう経験を積むしかない。

 知識として分かっていても、どれだけイメージトレーニングをしていても、

 いざ本番となると、なかなかできないものだ。


 その点、あたしは何度も死にかけているので、

 危機的状況で冷静にスキルを使う事ができるのだった。

 ……うん、この貸しは高くなりそうだ。良かった良かった。


「な、なんだったの、今の……?」

「あはっ、期待通り、やってくれるねえ、あの子は」


 はあ、またタルトか……、と。

 真っ赤な景色の中で、暴風が吹き荒れる――、


 そんな中で、ロワは頭痛を訴えるように、そう言ったのだった。

 近くにいたあたしはその声を拾った。偶然というか、距離を考えたら、必然だっただろう。


 タルトに自覚はない、はず。

 だけど、タルトのその問題を起こす体質のおかげで、

 あたしらは九死に一生を得た――ほんと、やっぱりタルトはサイコーだっ!



 貴族街の中でもいちばん大きな屋敷と言えば、シャーリック家だ。

 なんと言っても庭が広い。

 プライベートハウス以外の施設が多過ぎる。

 住んでいたから言うけど、ほとんど使わない施設ばっかだよ!


 比較的よく使うもので、反省部屋くらいか。

 姉妹は全員、一度は入っているため、反省部屋の恐ろしさは例外なく身に染みている。

 あのロワでさえ、一度は体験しているのだ。

 どんな反応をしたかは、まあ、伏せておくけど……。


「見つからないよなあ」


 プライベートハウス内、個人部屋。

 首飾りを探したけど、予想の通りに見つからなかった。


 机の上に、ぽんっ、と置いておくものでもないか。

 引き出しに入れておくのでも、まだ弱い。探すべきは金庫部屋だったか……?


 あまり長居する事もできない。

 十三姉妹の内、四名が家出しているとは言っても、

 残りの八名は屋敷の中で普通に生活している(一名は例外として)。


 動きが読めないのは、ベリーとショコナ、そしてシレーナ。

 まだまだ小さな妹たちだ。うろうろしてたら、うっかり見つかりそうだ。


「ふー、……母さんの部屋にいくしか……、シータ? どうした?」


「いや……、ううん、言うよ。

 タルトとサヘラが反省部屋に連れていかれた。連れていったのは、アッコルとリフィス」


「ふーん、じゃあ、助けにいこうか」

「即断即決だね……、姉さんらしいけど」


 知ってしまったら、放置しておくのは気持ち悪い。

 ムラムラするし……、間違えた、モヤモヤするし。




「アッコルとリフィスは?」

「いるよ。見張りなんじゃない?」


「あー、すぐにいなくなるなら簡単だったんだけどなー。

 仕方ない、でもまあ、あの二人なら、別になんとかなるからいいか」


 屋敷の二階、通路から階段を使い、一階へ。

 庭を出て、反省部屋まで進む。

 シータには、近くの茂みに隠れてて、と伝え、

 あたしは黒いポンチョのフードを被る。よし、これで正体はばれないな。


 時間をかければ、ばれてしまうとは思うけど、

 どうせ短期決戦の予定だし、気にする事もない。


 庭を進むと、近くもないのに、リフィスが気づいた。

 小麦色の肌、健康そうな肉体――、

 スポーツ少女、と言った風貌。ふぅ、割れた腹筋を撫でたいなあ。


 どさくさに紛れて指を這わせてなぞってやろうかな。


「お前が……、貴族街に侵入した不審者なのか……?」


 あれ? 貴族街に侵入した事がばれてる? 

 ……風貌が怪しいし、ちらっと見られただけでも、通報されていてもおかしくないけど。

 ……あの子たちの誰かじゃないよね?


 他言無用って言ったのに。

 いやそれは、あたしこと、テュア・シャーリックがいるという事についてで、

 侵入者の有無については、口止めしていなかった。

 なら、いいのか。ルールの穴を突かれた感じで、やられた! って感じだが。


 今更、どうこうする気はないから、気にしない。


「どうだろう、言っていいなら、不審者じゃないな」


「不審者かどうかを確かめるためにも、一度、拘束させてもらう」


 ドレスには見えない、

 だけど背中がぱっくりと開いたドレスを着ているリフィスが駆けてくる。


 あたしの腕を取り、地面に転ばせようとした。

 ……優しいねえ、動きを封じる方針らしい。

 けど甘い。優しさは戦いにおいては不要だよ。

 相手を仕留めるという覚悟の違いが、勝敗に直結するのだから。


 足元。


 あたしの足払いを、リフィスは感知し、跳んで避ける。

 で、空中で身動きを取れないリフィスに、あたしは掌底を食らわせた。


 けっこう強めで、痛い感じの、臓器にダメージを与える技だ。

 肉体を鍛えているリフィスには、中身をシェイクしてやればいい。

 ああ、でもこれ、誰にでも効くな……。体を鍛えていない人の方が、効くと思う。


 苦痛に顔を歪めたリフィスが、うしろに飛び、受け身――、しかし、失敗。

 あたしの攻撃が、じわじわと効いているらしい。

 実は力任せの、技術なんてない、暴力だったんだけど、上手くいったようだ。


 ただこれ、貴族が言うには、野蛮らしい。


 暴力とは、人間がする、最低な行為だ、と。


 でもさ、体験したから言うけど、外の世界はそればっかりだよ。

 暴力をしない者から死んでいく。

 もちろん、そんな事ばっかりじゃないけど、

 暴力は野蛮だと言って、頑なにしないというのは、自殺行為だ。


 エゴイスタだって、使い勝手がいいわけじゃない。


 たとえば、今だって。


「リフィス!? くっ、こうなったら私の――」


「残念、アッコル。

 エゴイスタを展開するなら、あたしと出会う前にするんだったな」


 ルールの決め方に悩むだろうけど、

 そうしておけば、あたしを閉じ込められる可能性があったのに。

 もしかしたら、倒せていたかもしれないのに――。


 もう、あとの祭りだ。

 あたしはアッコルを押し倒し、動けないように手足を封じた。

 両膝にお尻を乗せて、足の裏で肘を押さえて――行儀の悪い体勢だった。


 シータがしそうな格好だ。


「そんなはしたない格好するか!」


 茂みから出てきたシータが、リフィスを鎖でぐるぐるに縛っていく。

 反省部屋の近く、倉庫から拝借してきたらしい。


 ぐるぐる、ぐるぐる。ぐるぐるぐるぐると、まだ巻く。

 簀巻すまきのようになったリフィスが、ごろん、と地面に転がされる。


「……やり過ぎじゃない?」

「これくらいで、リフィスはちょうどいい」


 いじめじゃないよね? 

 鎖のぐるぐる巻きは、袋叩きにされても痛くなさそうな、

 鎧的な存在になっている。身動きが取れない分、防御力が高そうだった。


「じゃ、今度はこっちも」

「分かった」


「シータ! あんたは、不審者に加担して……っ!」

「ああごめん、アッコル。正体、見せてなかったよね」


 あたしはフードを取り、素顔を晒した。


「…………今更、なんの用なのよ!」

「とりあえず、タルトとサヘラをちょっと借りるよ」


 アッコルを紐で縛り、

 あたしは数時間ぶりに、タルトと再会する。

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