第28話 これは復讐だ

 取り巻き五人の貴族の子には、帰ってもらう事にした。

 シータには大事な話がある。

 あたしがここにいた事は、絶対に他言しないと、

 シータが目の前で誓わせてくれたので、安心だ。


 あの五人もシータと同じで、貴族として生きる事に、嫌気が差した子たちらしい。

 なので、あたしを親に報告するとかは、しないと言っていた。

 そもそも親子の会話がないらしくて――、


 苦笑する五人。


 ……なんだろう、なんとも言えない感じ。反応に困る。


 あたしも苦笑しながら、互いに気まずい雰囲気が流れ、しっくりこないまま、別れる事に。

 手をぱたぱた振ると、振り返してくれた。この辺は素直で可愛かった。

 シータと近い年齢だし、十六、十七歳くらい? うん、許容範囲だ。


「……それで、どうしていきなり帰ってきたの?」

「そうだったそうだった! ここでシータに出会えたのは、ラッキーだったよ!」


 あたし一人でもぜんぜん可能ではあるんだけど、やっぱり厳しい部分が出てきてしまう。

 もう一人くらい(と言ってもタルトはちょっとパスして)仲間がほしかったところ。


 シータなら説得がしやすかった。

 他の子たちは、ちょっと難関だ。


「わたしの事、簡単な女って思ってるでしょ?」

「そんなわけないって。周りが気難し過ぎるんだよ」


 あるいは、立ち位置の関係性で。

 リフィスは説得しやすそうだけど、アッコルがついている以上、近づくのさえ難しい。

 絶対、アッコルがついてくるだろうし。


 離れているようで、近くにいるんだよなあ、あの二人。

 べったり姉妹も自重してほしいものだった。


 シータと言えばフォルタだけど、

 さっきの子たちはシスター関係とは思えない面子だったから、

 フォルタとは別のグループなのだろう。実は近くに、フォルタもいたりして。


「フォルタは教会でお仕事中。

 わたしは……いま家出中だから。

 ロワ姉さんが教会にきそうな時間は外で時間を潰してるの」


「……理由はともかく、家出なんてするもんじゃないって。フォルタが寂しがるよ」

「姉さんがそれを言うの?」


 あたしだけは、言ってもまったく説得力がなかった。

 言えた事じゃないんだけど……、でも、寂しがる人がいるって事は分かっていてほしい。


「ロワ姉さん、寂しがってたよ。テュア姉さんが家出して」


「そんなわけないよ。むしろ喜んでるんじゃない? 

 あたしとあいつは、いつも対立ばかりしてたんだから」


 邪魔者がいなくなって清々しているだろう。

 長女としては、妹の家出には、心を痛めなくちゃ外聞が悪いだろうし。

 妹の家出なんて失態を、あいつが表沙汰にするとは思えないけどな。


「喜んでる風には……見えないけど、確かに寂しがってるようにも、見えないかな。

 けど普通は寂しがるでしょ。姉さんとロワ姉さんは、

 だってわたしとフォルタみたいな関係性じゃないの?」


 一歳違いの長女と次女。

 二人きりの姉妹だった時もある。


 プロロクが生まれるまでの、本当に短い間だったけど。

 だから記憶にない。比較的、ロワとは仲が良かったとは思うけど。

 まあ、それも決裂してる。決定的に修復不可能な形で。


 あたしが許せないだけなんだけどね。

 四年経っても、それは変わらなかった。


 だけどもここまできたのは、あいつのためじゃないからだ。

 許すつもりはない、仲良くするつもりもない。

 あいつのおかげであたしらが幸せになる事を、止めるためだ。


 身勝手なあいつの考えを破綻させてやるために。


 だから、つまりは復讐だった。


「……ん? そう言えば、家出中って言ったよね?」

「言った」


「じゃあ、屋敷の中へあたしを手引きしたり……できない、よな……?」


「無理だよ。わたしだって屋敷には入れない。

 入って、もしもばれたら、すぐに反省部屋いき。

 あそこにはいきたくない……、絶対にいきたくない。

 タルトでさえも一日でギブアップしたんだから」


「あたしもあそこは気が狂いそうになった。号泣してたら助けてくれたのは――」


 ロワ、だった。

 ……ああ、嫌な事を思い出した。


 嫌な思い出ではないけど。

 嫌なやつとの思い出を、思い出した。


「……じゃあなに、シータを見つけてラッキー、と思ってたのが、

 ぜんぶ台無しになって、結局、烏合の衆になったわけだ」


「言い過ぎだと思うけど……でも、わたしは役に立たないと思うよ」


 高級車のボンネットに腰かけ、空を見上げるシータ。

 ……しーんとして、なんとなく気まずい空気。

 女の子と話して、こんな空気になる事は滅多にないのに。

 さっきもそうだけど、今日は調子が良くないらしい……。


 でも、今日以外に、予定をずらす事はできないし、したくない。


 タルトにまで手伝ってもらって、こうして貴族街まできて、

 出直すなんてふざけた解答は出さない。

 調子が良くないなら、それを補うのが、パートナーでしょ!


「シータは役に立つよ。というか、役に立つ、立たないで、シータを選んだわけじゃないし」


「じゃあ、なんでわざわざわたしに声をかけたの……? 

 役に立てないわたしなんて、いる意味なんかないじゃん」


「四年ぶりにあった妹を見つけて、放っておくことなんてできないよ。

 あたしの事情に巻き込んででも、一緒にいたいと思ったんだから。

 役に立ってるよ、シータは。

 だってあたしの傍にいてくれるだけで、

 あたしは、モチベーションがぐんっと上がってるんだし!」


 シータはぽかんとした表情のすぐあと、小さく、くすっ、と笑った。

 おとなしかった頃の、昔のシータが垣間見えた。


「四年ぶり、か……、実は、二か月くらい前に、

 わたしから一方的に姉さんを見てるんだよ。

 ……タルトとこっそりお喋りしているのを」


 ああ、確かに二か月くらい前、タルトに会いにいった。

 ロワにばれないようにするためだから、面子を絞ると、

 会っても安全そうなのは、タルトくらいなんだよな……。


 だから、タルトとする会話が多くなってしまう。

 タルトくらいしか喋ってないな、そう言えば。


「タルトとばっかり喋ってるのを…………見てたよ」


「なんか恐いよ、シータ……。

 ほ、ほら! 今たくさん喋れてるじゃない? シータも同じく大切だよ!」


「ふーん、同じ、くらいかあ」

「シータの方が!」


 恐っ! シータ、恐っ!


 おとなしかった子がこうしてちょっと前向きになると、

 後ろ向きだったところが成長して、人格が進化したりする。


 ……人と接する事に前向きになったら、

 今度はヤンデレっぽくなってしまっている。

 これはこれで可愛いけど、気を遣う――危険だよ……。


 満足そうなシータを見て、一安心。

 さり気なく包丁を出してても、違和感はなかった。


 味方をつけたと思ったら、敵に裏返りそうだった。


 あたしの態度一つで。……やりにくいなあ。


 やりにくいけど、やるしかないなあ。


 とにかく、シータにも事情を説明しなければ始まらない。

 あたしが旅先で偶然にも知ってしまった、

 シャーリック家と巨木シャンドラ――、



 そして、過去を生きた竜たちとの、約束を。

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