3章 テュアとタルトとロワ【語り:テュア】
第27話 四年ぶりの再会
歩けば災害一つを平気で起こす非公式なスキル――、
(というか、ただの個性だ)を持つタルトは、囮に持ってこいだった。
かなり心苦しいけど、あたしの目的のために、利用する事を許してほしい。
タルトなら笑って、いいよー、と言ってくれそうだけど……、いいのかな、それで。
簡単に許してしまうタルトのそのお気楽な感じは、お姉ちゃんは心配だよ。
無理してんじゃないかって、思ってしまう。
外見で全ての思考を物語ってしまっているから、
裏でなにを考えているか、分かったものじゃない。
裏もなにも、ぜんぶ垂れ流しなのだと理解しているけど、結局、あたしらの勝手な解釈。
タルトだって亜人であり、竜の精であり……生物だ。考えたりもする。
表に出ている感情以外が分からないって、けっこう不気味だ。
これは深読みなだけで、タルトは本当に、表に出ているそれが全部なのかもしれないけどね。
……全部の事情を説明した後、謝っておこう。
利用したこと、嘘をついたこと。
タルトに伝えた、ダンジョン探索するというのは、嘘だ。
自然にタルトと別行動がしたかったための、優しい嘘。
でも、嘘は嘘。騙した事に変わりはない。
目的地は貴族街……、タルトが、貴族街へ向かってくれればいいんだけど……、
じゃなきゃ始められなかった。
……ヒントを出すべきだったかな――、
けど、預言者とかいう、嘘くさい知り合いにアドバイスをもらうらしいし、
そいつを信じるしかない。
タルトの事だ、
なんだかんだと間違った道に進んでも、最終的には答えに辿り着く。
そんな説明のつかない繋がりを持っていたりもするのだ。
あの子は騒ぎを起こす元凶で、だけど本人は何気に運が良い。
大騒動を巻き起こしても、大きな怪我をしないのが特徴だ。
掻き回すだけ掻き回して、
無傷でひょうひょうと、外野から見学して楽しんでる感じ。
……これ、かなり印象が悪いな。
悪女だ。
可愛い顔して無自覚に小悪魔なのかもしれない。
そんなタルトでも、ぜんぜん愛せるけど。
「さて……貴族街へいくには――、やっぱり登るしかないよな」
手で。素足で。
巨木シャンドラのボディをがっしりと掴む。
雲に届きそうな――、目的地までは遠い。
だけど、途方もなく、不可能ってわけじゃない。
方法が過酷なだけで、叶わないわけじゃないのだ。
可能性がゼロでなければ不可能ではない。
当たり前だけどね。しかし、意外と低い可能性のせいで、諦めてしまう事が多い。
貴族は特に。
あたしの家系は特に理論的で、正論ばっかりで。
そういう事じゃないんだよ――正論は確かに正しいけど、感情も視野に入れてほしい。
外の世界は正論なんてものに、力は宿らない。
宿ったとしても、少しだけで、最初だけだ。
全てが感情一つ。
どんな事もそれで決まる。
共通ルール。
ゼロパーセントを越える、一パーセント未満であっても、
挑戦すれば成功の可能性がある。
あたしは外の世界を旅して、それを学んだ。
無理とか、不可能は――ない。
だからこれを登る事は、不可能じゃない。
……まあ、こんなの難しくもなんともない。
あたしにとっては、邪魔の入らないただの木登り、朝飯前だった。
あたしは黙々と登る。
貴族街へ、四年ぶりに帰ってきた。
貴族街。
悠々と
あたしの黒いポンチョは当然、目立ってしまっている。
分かっていたのですぐに身を隠した。
屋敷の外壁――、メインストリートの裏側を優先して進む。
不用意に、屋敷の外壁を進んでも、警備員の一人にも出会わなかった。
さっきちらっと見ても、正門にさえ警備はいない。
自分の家を守る意思がないとしか思えないんだけど……。
でも、それもそうか。
ここが森林街ならば警備は必要だけど、貴族しかいない貴族街で、警備など無駄でしかない。
侵入者の足などすぐに見つけられる。
すぐに追える。街全体が大きな屋敷と言ってもいい。
貴族間の争いで、屋敷に不法侵入するような輩もいないだろう……、だからこその安心感。
そんな不用意な、甘い考えと言える警備無しの油断は、あたしにとっては好都合だ。
警備員がいたら、あたしも動くのが難しかった(難しいだけで、不可能じゃない)。
つまり、堂々と道を歩き貴族とすれ違わなければ、
あたしの正体以前に、あたしがこの街にいる事も、気づかれる事がない。
ふふん、これは意外と楽かもしれない。
タルトを囮に使う事も、もしかしたら必要なかったのかもしれないな――。
上機嫌に鼻歌を歌う。外の世界で流行っている、テンポの速い曲だ。
歌詞は見なくちゃ分からないが……、なので鼻歌なのだった。
聞いているだけで分かると思うけど、あたしは完全に油断していた。
ここに住む貴族たちの事を言えないな……。
屋敷の外壁を直角に曲がった時、あたしは出くわした。
新品のように綺麗な高級車に群がる、少年少女たち。
運転席、ボンネットの上。
マニアが見れば泡を吹き出し、気絶してしまいそうな、価値を踏みにじる行為だ。
彼、彼女にとってはそんな価値など分からないだろう。
分かった上で、しているのかもしれないけど。
どっちにしろ、彼らにとってはその程度なのだ。
屋敷の裏であろうがここは貴族街。
集まっている六人のグループは、全員が貴族の子供。
やばっ――、いきなりだったからあたしも反応が遅れた。
黒いタキシードを着た、整った顔の少年が叫ぶ瞬間――、
一人の少女が手を出して少年の口を塞ぐ。
そして、周りの少年少女、全員に、
「落ち着いて」と、落ち着いた様子で注意。
説得力がある。
言われた少年少女は全員、頷き、あたしを見た……、へえ。
あいつがリーダーなのか。
オレンジ色の髪の毛を整髪料で整えたシスターだった。
シスター、だよな……?
ベールはないけど、体を覆う黒い服装は、シスターのそれとしか思えない。
目が合う。油断していたので当然、あたしはフードを取り、素顔を晒している。
思いっきり顔を覚えられてしまった。……どうしよ、口止めするべきだけど……、
脅す?
素直に言う事を聞いてくれそうな年齢には見えないんだよなあ。
「テュア姉さん?」
「ん? あれ? 既にあたしってばれてる!?」
なんてこった! 不法侵入者として覚えられるならまだしも、
テュア・シャーリックとして覚えられるのはまずい。
噂は、一瞬で街全体に広がる。口止めよりも拘束して監禁しておくしかない!
「いや、素顔を晒してなに言ってんの。姉の顔を忘れるわけがないじゃん」
「は……? 姉……、って事は、あたしの妹……?
だけど、そんな髪の色の子は……、うん? でもなんだか雰囲気が似て……」
じろじろ舐め回すように少女の全身を見て、首元を注視した。
化粧で薄く、目立たなくしてあったけど、あたしの目は誤魔化せなかった。
はっきりと、鱗が見える。
そして、手の平で相手の髪を隠し、目元、口元で判断すると――、
出てくるのは妹の、シータの顔だ。
「シータ……、ええっ!? シータなのか!?」
四年前はもっとおとなしく、黒髪だったのに……、
今は誰がどう見ても、ギャルだった。ギャルシスターっていう、新地開拓をしてる。
髪の色だけじゃない。髪の色だけでも充分に印象が違うけど、それ以上に。
昔のシータと比べたら、明らかに違う、思い切りの良さと、自信があった。
部屋の隅っこで縮こまっているだけの子が、
いきなりグループの輪の中心になっている、そんな印象を受ける……、
あたしがいない四年間、変わらないものばかりじゃなかった。
シータの成長には、嬉しいものがある。
ただ、方向性に不安があるけど。
まあ、あたしの言えた事ではなかったな。
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