第25話 不良と聖職者

 うちが絶句していると、シータ姉様が近づいてくる。


「当てずっぽうじゃないよ。結構、確信を持って言ってるから」

「うちじゃないよ! うちは犯人なんかじゃない!」


 おお、本格ミステリみたいだ、とうしろで興奮した声。

 絶対、タルト姉だ! 人の気も知らないで! 

 うちはフォルタ姉様のことを、匿ってなんかいない!


 シータ姉様が一歩、近づき、うちが一歩、下がる。

 これを続けていたら、いずれ壁に到達し、それ以上に下がれなくなる。

 追い詰められる――その前に……、


「だ、だって、うちは語り部だよ!? 

 フォルタ姉様がいたらすぐに分かっちゃうじゃん!」


「そんなのいくらでも細工できちゃうからな。

 心の声を嘘で固めてる事なんて、珍しくもない。

 自分を騙せば簡単なんだから。あとは、見せるべきところと、

 見せないべきところを取捨選択すれば――な。

 フォルタならそれくらい簡単にできる。フォルタでなくとも、できるよ」


 疑いが晴れない……、じゃあ、あんまり言いたくはなかったけど、仕方ない――。


 こういう思考が出てくること自体が、犯人なんじゃないかと思われてしまうけど、

 反撃の言葉としては強いと思う。


「じゃあ、証拠を出してよ! うちが、フォルタ姉様だって言うね!」


「見せられるような証拠は、ないけどさ」

「でしょ! だったら――」


「でも、先に言ったけどさ、わたしだからこそ分かった、

 フォルタのくせや特徴があるんだよね。

 隠してるようだけど、やっぱり無意識に出ちゃってる。それが証拠かな」


 シータ姉様が、首元を見せる。

 元々、髪が上がっているので見やすかった。

 そこへさらに手を使って、髪を上げ、より鮮明に。

 化粧によって覆われていた皮膚を擦り、色を落とす。


 肌色なんだけど、首の一部分の皮膚は、まるで爬虫類の鱗のようだった……。


 タトゥーなんかじゃない。あれは鱗を、そのまま埋め込んだような……。


「知らないとは言わせない……フォルタ。

 お前がわたしを庇って、怪我を最小限にまでとどめてくれた、後遺症だよ」


「……うちは、そんなの知らなかった。

 そんな重たいエピソード、知らなかった。

 なんでいま、このタイミングでそんな重要な事を!」


「重たいエピソード? サヘラに言った事はなかったけど。

 わたしがフォルタに助けられたってだけで、重たいってなんで思ったの?」


「だって、首の皮膚が抉れるなんて――」

「軽い怪我じゃない? 擦り傷のちょっと酷いバージョンだと思えば」


 いや、それはさすがに思えないけど……。


「サヘラは想像したんだろ? いや、フォルタは分かってるから、

 重たいって自覚があったんだ――。

 だってわたしを庇ってフォルタの方は――、事故で右目が抉れたんだから」


 咄嗟に右目を隠す――、隠してしまった。

 事故、右目が抉れた……、そのワードのせいで、事件の記憶がフラッシュバックした。

 うちの――いいや、私のミス。


 フォルタ・シャーリックという人間が、自滅した瞬間だ。




「フォルタ、見っけ」


「……この、シスコン」




 不思議な感覚だった。

 最初から最後まで、サヘラ・シャーリックという、うち自身、

 ずっと語り部だったし、記憶もある。

 犯人じゃないって弁解したし、最後の最後で負けを認めた記憶もあるし、

 それが自分が喋ったものだってのも、自覚がある。


 本当に乗っ取られていたとは思えなかった。

 乗っ取られていたのが、無自覚みたいに。


「私だってずっとサヘラだったわけじゃないわよ。

 たまにちょこっと顔を出したりするだけ。

 三十三回、ホールをループさせるのが、私の勝利条件だったわけだから、

 部屋に意識を向けさせるために、ちょこっと顔を出したりはしたけど、

 それ以外は基本的に、サヘラ任せ」


 黒い修道服、ベール被っていない。

 艶のある短い黒髪、毛先の揃っていない、アシンメトリーな髪型だった。


 フォルタ姉様はカップにコーヒーを注ぎ、

 ホールに備え付けられている椅子に座って、くつろいでいた。

 ホットのようで、ちょびちょび飲んでいる……、猫舌ならアイスにすれば良かったのに。


 右目だけ、メガネをかけている。

 丸いメガネだった。


 首にかけた鎖がメガネに繋がっており、落としても胸元で止まるようになっているらしい。

 ふへー、便利グッズだ。その胸元を見れば……、まあ、普通だった。


「あのさあ、サヘラ。その年で胸のこと、考えなくていいわよ。いずれ大きくなるから。

 思春期だから仕方ないけど、頭の中、胸のことでいっぱいだったわよ?」


「でたらめ言わないでくれるかな! 頭の中を覗いたわけでもあるまいに!」

「覗いたから言ってんの」


 聞き捨てならない事を言われた気がする。あれ、聞き間違いかな……?


「乗っ取ってたんだから頭の中を覗けるでしょうよ。

 胸のことばっかりで、あとはそうね……、いつものあの設定って、小説から拝借したのねえ。

 ああ、一番びっくしりしたのは、サヘラってけっこう心配性だった事かしら。

 まさか、他の姉妹と比べて自分が薄――」


「わーっ、わ――ッ! それ以上はプライバシーの侵害だよ!」


 慌ててフォルタ姉様の口を押さえる。

 それを言われてしまうと、うちを見る目がみんな変わっちゃうから!


「奇異の目線で見られるよりはいいと思うんだけどね」

「奇異の目線の方が全然いいよ!」


 なんかフォルタ姉様がドン引きしたように身を引いてるけど、

 別に、マゾ的な趣向はないからね? 

 うちに色がなくて相手にされないよりは、奇異の目線でも欲しいってだけだから。


「そういう事も含めて、見たから知ってるけど」

「じゃあもうなにも言わないで、察してよ……」


 見られてはいけない人に心を見られた……、いじられる、死にたい……。


 フォルタ姉様は冷めたコーヒーを飲んで、満足そうだった。

 ……メガネ、右目だけ。

 昔から気になってたけど、まさか……、

 シータ姉様を庇って、抉れて、しまっていただなんて……。


 じゃあ、いまそこにある目は、義眼ってやつ?


「よく見える義眼よ。お母様がくれたの。

 見えないものまで見えてしまうっていう、厄介なサブスキルを持っている、ね。

 見えればそれで良かったんだけど、まあ、馴染むのがなかったから仕方ない」


「え、でもそのメガネで、矯正してるんじゃ――」

「矯正してる。マイナス方面にね。これ、見え過ぎる目を抑えているだけだから」


 魅力的な設定だ。

 見え過ぎる目を、あえて見えにくくしているなんて――どこの主人公だあんたは!


「私をあんたの脳内で遊ばせないでくれる? 孤高系ぼっち主人公じゃないから」

「なんで考えてる事が分かったの!? まさかまだ覗き見てるとか!?」


「もう見てない。さっき、エゴイスタが砕け散るのを見たでしょうよ……。

 だから今のは、勘なんだけど……あっ、やっぱ当たってたんだ」


 にやにやと、メガネの奥の瞳まで、笑っていた。


「サヘラは分かりやすいなあ。

 これだけ分かりやすいと、楽なんだけどね――そう思わない、シータちゃん?」


「……なんでわたしに振るわけ?」


 むすっとした表情で腕を組み、壁に背を預けていたシータ姉様が、近くにいた。

 ゆっくり、少しずつ、確実に移動してきたらしい。


 さっきまで、もっと遠くにいたのに……。

 フォルタ姉様の事が大好きだって分かったいま、

 シータ姉様の一挙一動が、可愛く見える。


 普段、滅多に会わないから、二人がどんなやり取りをしているのか、分からない。

 他人には不愛想な二人だけど、

 二人きりになると、もしかしたら性格がころっと変わっているのかも。


 見てみたいなと思うけど、気持ち悪いな……とも思う。


「シータは、多くを語らないじゃない? 

 だからシータの気持ちなんて、ぜんぜん分からなかった。

 さか、私のことが大好きだったなんて――ねえ?」


「あ、あのなあ! そうやっていじめるところは嫌いだからな!」

「きゃっ、怒鳴ったあ」

「あ、ごめっ――って、瞳がまだ笑ってる!」


 不良と聖職者。

 二人のお姉ちゃんは、人目も気にせず、笑顔で喧嘩していた。


 手を出してもすぐに引き、

 突き放すにしても中途半端になってしまうシータ姉様の分が悪い。

 ずっと劣勢。


 フォルタ姉様は途中から、いや最初からだよね――、

 シータ姉様をおもちゃにして遊んでいた。

 ただ遊んでいただけじゃなくて、ストレス発散も兼ねていたような……。


 エゴイスタを破られたこと、意外と気にしているのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る