第22話 手がかり

「はーい、みんな集まってー。なんかおかしなところに気づいた人、挙手―」


 テュア姉様が自分で挙手しながら、みんなを一通り見回す。

 タルト姉もシータ姉様も、腕は下がったままだ。

 うちも、微動だにしない。おかしなところ……、気づいた事、ね――。

 気づけなかった事なら、たくさんあるけど。


「ん、なんか言いたそうにしてるね、サヘラ」

「え? んー、じゃあ――」

 と、考えの一つを話す事にした。


「ホールとホールをずっとループしてるなら、

 このホールの方になにかいつもとは違う変化があると思ったんだけど……、

 なんも気づけなかったんだよね……」


 うちには気づけなかった。

 テュア姉様なら、なにか気づけるかも、とさり気なくアピール。


 タルト姉はきょろきょろとホール内を見回す。

 ……探しているようで、あれはきっとぼーっとしているだけだろうと思うので、

 人数の勘定には入れないようにしよう。


 シータ姉様は腕を組んで考え中。

 見過ぎてしまっていたためか、ぱちり、と顔を上げた姉様と目が合った。


「なんだ?」

「ううん! なんでもない!」


 シータ姉様だけは部屋を見回さない。

 別の考えでもあるのかな……、でも、それを言わないって事は、

 頭の中で温めているからだったりして――温存、ってやつ。


 いや、出し惜しみしてほしくはないんだけど……、

 まあとにかく、ホールを積極的に調べる事にした。


 柱、壁、並べられた机や椅子、大理石のように輝く床、天井……は、

 さすがに高過ぎて難しい。上を見上げて端から端まで観察する。

 んー、変化はないね。


 というか、元々のこのホールの状態から比較して、

 変化しているかどうかをいま調べているわけで、

 元々の状態をほとんど知らない四人が集まっているのだから、正直、無理ゲーだ。


 タルト姉は見なくても分かる。

 テュア姉様も、調べてくれてはいるけど、あれは分かっていなさそうな顔だ……。

 で、シータ姉様は。


「…………」


 天井を見つめながら無言。

 なんだか、一番やる気がなさそう。


 気づいた事があるのかな、と思って話しかけようとしたけど、

 なかなか踏み出せなかった。……シータ姉様とあんまり喋らないからなあ。

 そもそもシータ姉様は、あんまり家に帰ってこないし。

 どこでなにをしているのかは、知らないけど。


「なあ、姉さん」


 シータ姉様の声にうちが反応すると、テュア姉様がとてとて近づいてくる。

 うちを追い越して、二人の姉様は密談のように作戦会議中。

 うちは、入りづらいので待機しよう。あの輪には入れないし、入りたくないし……。


 残されたタルト姉が、どこかにいるはずなんだけど……、

 すると、扉が閉まる音。


 ホールの真ん中を走って、目の前の扉を開けて、その先に入っていく。

 しばらくすると、うしろの扉が開いて、タルト姉が現れた。あ、一人ループしてる。


「お姉、なにか分かった?」

「そう言えば、朝にミルクと果物を数個、食べただけだから、お腹が空いたなあ」


 どうでもいいなあ。使えないなあ。


 タルト姉の口からは、なにも得られなかったけど、

 一人でもループできるという事が分かった。

 え、だったらなんだろう? うちの足りない頭じゃ、分からない。



 エゴイスタは箱庭のようなものだ、とテュア姉様が説明してくれた。


「母さんから教えられてるはずなんだけど……タルトは確実に知ってるはずだぞ?」


「覚えてない」

 お腹を空かせたタルト姉は、少し不機嫌だった。


 そっかー、覚えてないかー、

 だからさっき、クッキーをシスターさんから奪って食べた事も忘れてるんだなー。


 ちなみにうちもあんまり。

 エゴイスタ……『条件下空間』という呼び名から、

 なんとなく分かるから、あんまり学ぼうとする意識がなかった。

 けっこう難しいんだよね、展開するの。


 シャーリック家でも展開できるのは、

 ロワ姉様、アッコル姉様、フルッフ姉様、フォルタ姉様――、くらい、かな。

 十三姉妹の半分にも満たなかった。


 プロロク姉様は病弱の関係で。

 テュア姉様だって、できるとは思うけど、姉様の性格からして使わないだろうし、

 リフィス姉様も、アッコル姉様とセットでいる事が多いから、

 空間の重複を避けるために使わない。


 シータ姉様は単純に、うちと同じで使えないんだと思う。


 タルト姉は論外。

 うちより下の妹たちは、学んですらいないんだと思う。まだ時期が早いからね。


「じゃあ、面倒だけど説明するか……、ああいや、でも期待しないでよ? 

 あたしだって詳しいわけじゃないんだから。解いてばっかで展開する事なんてないし」


 謙遜するテュア姉様。

 解けるって事は、詳しいって事だと思うけど……。

 大ざっぱで自信家の姉様にしては珍しい。結構、他人の評価を気にしたり?


「『条件下空間』……つまり密室の中にあたしらがいる事になる。

 簡単に言っちゃうと、仕掛けた側と仕掛けられた側、

 どちらかが勝利条件を満たしたところで、勝敗が決する。

 いまの場合、たぶんだけどな――、

 あたしらがこのループする現象の原因を突き止めれば、あたしらの勝ちなんだよ」


 なんだか、うちらが不利過ぎる気がするんだけど……。


「その分、仕掛けた側……、この場合、フォルタかな。

 あいつの勝利条件はかなり困難なものなっているはず。

 いや、そうしないとエゴイスタの空間が維持されない……脆く、崩れるし、

 他のエゴイスタの介入があると、上書きされちゃうからな。

 できるだけ仕掛ける側は、自分を不利にしなければならない。

 あたしらが不利な条件なほど、あいつは地獄を見る事になる」


 地獄って。自分で設定したのに。

 ドMだなあ、とか、言っちゃダメなんだろうね。


 とにかく、エゴイスタについての仕組みは分かった。

 じゃあ、今度はうちらが勝つための条件を見つけなくちゃいけない。

 そういうヒントって、あったりするのだろうか?


「この空間の主なイベントが、ループなんだから、

 それに関係する事ではあると思うけどな……、

 あたしらの着眼点が違うのか、今のところ、それっぽい変化は見つけられてないし」


 なにを基準にした変化なのか、分かればいいんだけどね――、

 普段から出入りしないうちらが、このホールの変化を見破るのは、難しい。

 そういうのって、不利というか、カテゴリーエラーみたいな感じじゃない?


「フォルタなら、部屋の変化を見破れなんて、そんな甘い事はしないな」


 シータ姉様がぼそっと呟いた。

 にしては、大きな声だった。挙手をしない発言だ。


 テュア姉様は、ほーう、と感心したように。

 タルト姉はずっと、はてなマークを頭の上に浮かべている。


「あいつの事はよく知ってる。複数人を相手にした時、あいつは仲違いをさせるんだよ」


 い、嫌な姉だなあ。

 それでも、フォルタ姉様はだいぶマシな方だ。

 アッコル姉様やフルッフ姉様の方が、もっと性格が悪い――そして人も悪い。


「なるほど、ループしてると、大抵は部屋の方に問題があると思いがちだけど、そっか――」


「――わたしたちの方に、変化があるって事なんだね!」


 今まで黙っていたタルト姉が、美味しいところを奪っていった。

 テュア姉様は、――そゆことだな、と怒りもしなかった。

 すごいな姉様。テュア姉様は、タルト姉と波長が合うのか、仲が良いし、

 ああいうのはムカつかないんだろう。


 片目を瞑って二人を見つめる。

 じゃれ合う二人が瞳に映る……、のん気だなあ。


 ……んん?


 じっ――――――と、視線を感じて隣を見れば、シータ姉様がうちを見ていた。

 びくっ、と反射的に体が反応してしまった。


 なになに!? と言う間もなく、

 テュア姉様がうちとシータ姉様の、微妙な空気を断ち切った。


「じゃあ、とりあえず身体検査でもしようか」


 舌を出し、唇を舐めるテュア姉様。

 ……うちらの変化って、そういう事じゃないと思うんだけども。


 文句は受け付けられず、されるがままに、うちらは弄ばれた。

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