第21話 異変

 全速力で走るうちらは、もう頭のベールを剥ぎ取っていた。

 修道服も脱いで、いつも通りの動きやすい服装に戻す。

 シータ姉様だけは、修道服が普段着なので変更はなし。


 先頭を走るシータ姉様は、怒りマークを額に浮かべ、


「――まったく、やってくれたな!」


 返す言葉がなかった。言い訳のしようもない。

 タルト姉ならここで言い返しているのだろうけど(それは罪悪感がないからだ!)、

 うちにはできなかった。心配させちゃうって分かっていても、言葉が出なかった。


 案の定、シータ姉様はうちのそんな様子に、あたふた。

 責めるつもりはないんだと思う。

 それでもやっぱり、うちとしてはこの状況、やっちゃったって思ってるから……。


 慰めてくれたのは、意外にもタルト姉だった。

 並走しながら肩に、ぽんっ、と手を置いてくれる。


「サヘラ、安心して。最初だけだよ、罪悪感があるのは」

「いらない角度からのアドバイスどうも!」


 悪の道に引きずり込もうとするこの姉は悪魔だ! 竜の精なんだけど、悪魔だ!


 こいつは本当に、一回でいいから死にかければいいんじゃないかなって思う。

 自業自得のケースで、痛い目に遭わなくちゃ、根本から改善されないよ、絶対に。


「あー、うん。サヘラ。タルトがいるなら、どうせこうなるって予想はついてたし、

 だから気にすんな。誰も責めちゃいないよ。

 タルトにいじめられたら言って。わたしがタルトをボコボコにするから」


 シータ姉様……。


 言ってすぐに、テュア姉様から、

「ボコボコはなしな」って言葉に元気に頷くのも……、

 まあ頷くしかないのは分かるけど、あんまりしないでほしい。

 うちの優先度、すっごく下みたいじゃん……。


 優先度を言うなら、うちを元気づけてる場合じゃないんだけど。

 うしろから、どたどたとシスターたちの追走してくる足音。

 数十人……以上。


 雪崩が覆い被さろうとしてくるように思える。その色は真逆であるけど。


「……なんか、変」


 さっきから。奇妙な感じ。

 足音はする、間違いなく近づいてきてる。


 でも、追いついてこない。

 うちらの視界にシスターたちが入らないのだ。

 その距離を保ってると言えば、順調そうに聞こえるけど、

 服の端でさえも見えないのは、不気味……。


 存在のない、ただの音に、びくびくしているような……。


「三人とも、ストップ」


 号令をかけたのはテュア姉様。

 止まってしまったら、シスターたちに追いつかれちゃうと思うけど、

 ここでは誰も文句を言わなかった。


 確かに、テュア姉様はこの中で、最高年齢だ。


「んー、やっぱり、ねえ」

「どしたの?」


 タルト姉がきょとんと首を傾げて聞いた。

 シータ姉様は、言わんとしている事が分かっている様子だった。


 うちは……微妙なところ。

 気になってる事はあっても、確信がないから分かっているとは言い難い。


 音が止んだ。足音が消えた……って事は、

 うちが考えていた気になる事は、テュア姉様のそれとは別だった、って事になる。

 で、うちのは消えちゃったわけだし……、今回、役立たずだなあ、うち。


 今回に限ったわけじゃないけど。迷惑はかけないけど、貢献するわけじゃない。

 いてもいなくてもいいような、そんな存在だった――。


 美味しいところを持っていく分、お姉の方がいいのかも。

 デメリットを帳消しにする、魅了的な結果を残すのだから。


 もちろん、毎回じゃないけど。最悪の結果を残す事もある。

 でも信頼が崩れないのは、お姉のそのキャラ性だろうねえ。

 ……入れ替わりたいなあ、なんて。


 そんな願望、おこがましいね。



「なるほど、ループしてる」


 テュア姉様は、ホールとホールを繋ぐ廊下に立つ柱に手を添え、そう結論を出した。


「ははーん、分かりやすく言えば、繰り返されてるってわけだね!」


 いや、ループで通じるよ。

 タルト姉の補足はスルーした。


 いくら広いとは言え、ホールが三つも四つもあるわけじゃない。

 ダンスパーティができそうなホールなんて、二つもあれば充分……、

 それでも多いかな……、だから一つで充分だ。


 だけど、うちらが逃げている最中、こういうホールに、十回以上は出会っている。

 夢中で気づかなかったけど、やっぱりテュア姉様は目の付け所が違う――、

 そっちじゃないか、うちらがだらしないだけか。


 同じ色合いの廊下、装飾の柱、

 判断材料は他にあるかもしれないけど、とにかく、

 テュア姉様はループしていると気づいた。どうして? 理由は? そんなの――、


「エゴイスタ――」

「そりゃあ、フォルタにばれるか、あれだけ騒げば」


「最初から知っていたって可能性もあるけどな、あいつの場合。

 泳がせておいて獲る……我が妹ながら、性格が悪い。

 ……フルッフもアッコルもそうだけど、性格悪いの多いよな。

 なに、なんでそんなに歪んじゃったわけ?」


 その分、タルト姉っていう、無邪気と純粋の究極系が産まれたとも言えるけど。

 トラブルメーカーの極致も、一緒に兼ね備えながら。


 で、その分、個性が何一つないうちも産まれるわけで。


 天才から変人、凡人まで、十三人もいれば色々なパターンが集まるよね、そりゃあ。


「ループしてるなら、じゃあ戻ったらどうなるんだろう?」

「ループするだろうね」


 とりあえず言ってみただけのタルト姉の意見は一蹴。

 脊髄反射で喋るのやめようよ……。


「むむっ、わたしだって考えて喋ってるよ! 

 ほら、あれだよ、ループってつまり、紐の端と端を結んで輪にしたようなものでしょ?」


 そんな感じの解釈でいいよ。


「逆からいったら、メビウスの輪みたいになるかなー、って」


「どこかで反転してもぐるぐるしている事に変わりないから、意味ないね」


 タルト姉にしては考えた方、かな。

 というか、メビウスの輪なんてよく知ってたね。

 タルト姉ごときが、脳に詰め込むような知識ではないはずなんだけど。


「遂には『ごとき』とまで言われるようになっちゃったかー」


 ……あ、ついつい。許してちょん。

 脊髄反射で「いいよー」と言ってくれるタルト姉を見ると、

 器から違うんだなあ、と実感させられて、なんだか、うちが落ち込んだ。


 ああ、もうっ。

 タルト姉には、一生、勝てない気がする……。

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