第20話 シスター・フォルタ

「ん? どしたのサヘラ?」


 タルト姉を呼び、そのままテュア姉様に預けた。

 姉様は、ぐっ、と親指を立ててナイスの合図。

 テュア姉様とお喋りしててくれれば、静かでしょ。


 シータ姉様と協力して、アッコル姉様とリフィス姉様を反省部屋に入れる。

 あとで助けにくるつもりだけど、アッコル姉様のあの真っ赤な、

 鬼のような怒りを見たら、数日は入れておいた方がいいのかもしれない。


 アッコル姉様と付き合いの長いリフィス姉様に期待して、うちらは反省部屋を後にする。



「んで、うちらはいま、お屋敷の中を探索中」


 広過ぎる自分の家でも、気を抜くとすぐに迷う。

 そうでなくとも警戒しながら、そして探索と同時に、潜入中。


 周りには、修道服を着たシスターがたくさんいた。

 竜を神として崇めている教会本部がこの部屋だ……、

 部屋っていうよりも、もうホールみたいな感じなんだけど。

 それぞれのシスターがお祈りしたり、演説をしたりお茶会をしたりしていた。


 数人で固まって行動している人は少なくない。

 なので、うちらも浮く事はないだろう。


 普通に過ごしていれば、の話だ。


「いいか? 目立つ行動はするなよ? 修道服をワンセット着て、

 髪型を隠しているから特定されづらいとは思うけど……、

 奇妙な事をすれば当然、注目されるわけだからな」


「シータ姉様って、本当にシスターだったんだね……、

 いつも服装だけ着ている、なんちゃってシスターなのかと思ってたよ」


 不良としてもなんちゃって、な感じだし。


「わたしだって、シスターって柄じゃないし、協調性もないし、できればしたくないよ……、

 でも、フォルタが教会派のリーダーなんだ。

 わたしがなにもしないわけにはいかないじゃないか……」


「フォルタには逆らえないくらいの恩義があるもんな」


 テュア姉様の言葉に、シータ姉様が首元を撫でる。

 化粧で誤魔化しているけど、首元には薄く、鱗のような模様があった。


 ……タトゥー? 

 隣にいるこの場所だから分かった。

 ちょっと距離を離したら、すぐに分からなくなる。


 そのタトゥー(?)と、フォルタ姉様に抱く恩義が関係あるのか、

 うちには分からなかった。そもそも知らないんだと思う。

 きっと、うちが産まれる前の出来事なんだろう。


「フォルタには逆らえないけど、別に言いなりってわけじゃない」

「知ってるって。言いなりだったら髪染めて家出なんてしないだろ」


 今更だけど、うちの姉妹、家出してるの多すぎじゃない……? 

 世間には当然、その情報は公開されていない。

 なぜならシャーリック家というのは、貴族の中でもハイエンド――、

(と、お姉ちゃんはよく呼称する)他の貴族をまとめる総指揮官みたいなものだ。


 リーダーであり、王様なのだ。

 その貴族の中のお手本であるシャーリック家が、

 実は家出少女を四人も抱えているなんて知られたら……大した事ないなと思われるのは必然。


 王様はなめられてはいけない。

 誰からも信頼され、認められ、少なからずの恐怖もなければならない。

 平和過ぎてもダメなんだよね……、

 そういう点、お母さまとロワ姉様の迫力は、ちょうどいいのかも。

 家族でも恐がるって、部外者からしたらかなり恐いと思う。


 そういう背景があるって知ってると、あの厳しいしつけも納得。

 まあ、それが家出少女を四人も作り出してしまった直接の原因ではあるんだけどね。


 今、昔に比べたら、厳しいしつけはかなり緩和されている。

 うちから、そうらしい。タルト姉までは体罰も遠慮しない教育ばかりだった。


 ひええ……、うちで緩和されてくれて良かった……。

 緩和されたきっかけが、タルト姉って事は知ってるんだけどね……。


 それ以外はなんにも。

 聞こうとしたら、聞いちゃいけない雰囲気を出すから未だに聞けずにいた。

 ……聞かれたくない事なら、無理に聞かないし、

 知っておきたいわけでもなかったから、いいんだけどね。


「ん……? そう言えばお姉は?」


 ちょっと待って。

 うち、ずっとタルト姉と手を繋いでいたはずなのに。


 この年になって手を繋ぐのが、確かに恥ずかしいという気持ちがあったけど、

 相手はタルト姉だ。手綱を握っておかないと、なにをするか分かったものじゃない。

 握りを緩めたりは、絶対にしていないと言い切れるのに――。


 感覚がなかった。

 いつの間に、抜き取られてた? 


 辺りを見回す。

 ――くっ、シスターの格好をしているから、どこを見ても同じ服! 

 黒い修道服に、髪を覆い、肌だけを見せるベール。

 特徴的な髪の色も覆っているせいで、分からなくなってしまっている。


 これじゃあどこにタルト姉がいるのか――、



「こ、これは、子供たちにあげるからダメですよ!」


「ええー、そんなにあるなら一つくらいいいじゃん! 

 子供たちも一欠けら減ったくらいじゃ気づかないよ。

 それにさ、あの子たちは優しいからきっと自分たちで分け合って、

 それぞれの欠片を合わせて一個のクッキーを作っちゃうよ!

 だから一つ、クッキーくださいな!」


「子供たちをダシにして結局、自分の事しか考えていないじゃないですか! 

 というか、お腹が空いたから提供物をよこせとか、

 シスターの言いぐさじゃありませんよね? 

 ……あなた、どこの所属ですか? 名を名乗りなさい!」


「所属? うーん、うさぎ組で、名前は――」


 と、その勢いのまま名乗りそうになっていたタルト姉の口を塞ぐ。

 ……積極的にやっているんじゃないかと思わせるほどの自由行動だった。

 潜入って言ってるのに。

 見つかってはダメだって、説明したばっかなのに。


 普通、話しかける? シスターに!


 しかもうさぎ組ってなんで。

 確かに問題を起こして一人で脱兎のごとく逃げてるけどさ。


 怪訝な顔をする相手のシスターさんに苦笑いを向け、

 うちはタルト姉を引っ張り、この場から離脱しようとする。

 けれどこのまま逃がしてくれるはずもなく、

 クッキーを持つシスターさんが、うちらを追ってきた。


「……見た事ありませんね、あなたたち。

 フォルタ様の紹介で入った新人さんですか?」


「ええっと、まあ、そんなもんです。ちょっとずるした感じなんですけど……」


 初対面の人と会話をするのにすごく緊張して汗だらだら。


 素で喋る時、うちにはいつもの仮面がないから、かなり人見知りをする。

 今だって泣きそう。口が震えて裏声になりそう。

 なんとかまともに話せているのは、嘘をつくためのシナリオを、頭で考えているから……、

 それでなんとかなっている。


 集中力があるからこその今だから、集中力が切れたらボロしか出ない。

 叩けば出るどころか、垂れ流しな感じになる。


 うわちゃあ、一人でこなければ良かったぁ。

 タルト姉がいないことも、見つけた事も、シータ姉様とテュア姉様には言っていない。

 独断行動――、奇しくも、タルト姉と同じことをしでかしてしまっている。


 二人からしたらうちもタルト姉も同じだろう……同レベル、かあ。


 たんたん! とうちの手を叩くタルト姉が、じたばた暴れる。

 あ、口と一緒に鼻も塞いでしまっていたから、そりゃ息ができないよね。

 ずらせばいいものを、手をぜんぶ離してしまったために、タルト姉が暴走した。


「く、苦しいってば! もうサヘラはまったく――」

「あああああああッ! なにを人の名前を大声で言ってるのさタルト姉っ!」


 隠密なんだよ、正体をばらしてはいけないんだよっ、

 と言っているそばから、うちの名前をこのホール全体に響く声で言うとか、考えられない!


 うちが止めていなければどうなっていた事か! 感謝してよね、まったく!


「……タルト様?」


 クッキーを持つシスターさんが、そう呟いた。

 ……ん? おかしくない? だって、言いかけたのはうちの名前で、

 タルト姉の名前が出るのは、おかしいと思うんだけど……。


「んー、気づいてなかったりする? サヘラ」

「だから名前を言ったら――」


「いやいや、もう遅いと思うけど。

 だってサヘラがわたしの名前を大きな声で思いっきり言っちゃったからね。

 やーいやーい、いつもいつもわたしのせいばっかりにするけど、

 サヘラだって負けてないよねー!」


 ばっ、と首を早く回し、二人を探す。

 テュア姉様とシータ姉様は、少し離れたところでこちらを窺っていた。

 シータ姉様は呆れ、テュア姉様は大笑いして。


 ……うちのせい?


 タルト姉の名前を言ったのって、もしかして無意識……?


「サヘラのせいだもんねー! この状況、どうするつもりー!?」


 水を得た魚のようにはしゃぐタルト姉。

 目の前でちょこまかと跳び回るタルト姉にイラッとしたので、両手で突き飛ばす。


 うちのせいなのは認めよう、反省もする。

 まず、とにかく罪悪感がすごい。謝っても解消されないレベルだ。


 タルト姉って、いつもどうしてるんだろう……、

 いや、タルト姉は、そもそも罪悪感なんて抱かないよね。

 気にしないもんね。まあいっか、で、切り替えるもんね。

 便利な性格……、羨ましい。


 お尋ね者として部隊派の方にうちやタルト姉の情報が伝わっているのなら、

 じゃあ教会派だってそうだろう。

 人違いです、で、乗り切れるわけないし。ベールを取られたら一発で特定されちゃう。


 タルト姉がいながら、タルト姉よりも早く厄介事を起こしてしまったのは、

 人生最大の汚点だ。これ、一生、後悔するレベルだ……結婚式とかで暴露されるやつだ……。


 ここまできたら罪を重ねるのも大したことじゃない。

 うちはシスターさんの持つバスケットの中にあるクッキーを一つつまみ、

 口に放り投げ、タルト姉も、がしっと手の中で握れるほどクッキーを掴み、

 口に放り込む――半分以上、落ちていて、あんなに掴む意味はないと思う。


 そんなイタズラのような……いやあ、もうこれは悪事か。

 軽いけれど窃盗は窃盗だ。

 言い逃れできないレベル。だからこそ次の行動が、真に迫る感じになる。


「――お姉、逃げるよ!」

「いらっしゃい、こっち側へ!」


 うるさい! 自覚しているなら直せ、このおバカ姉が!


 一心不乱にひたすら真っ直ぐ、最短距離で、シータ姉様とテュア姉様の元へ駆け寄った。


 ギラン、と輝いた教会派、

 シスターたちの目を、うちは見ないように意識した。

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