第19話 八女・シータ

「汝の事情は知らんが、そんな顔をされては退くに退けんな――」


 へ? とテュア姉様が可愛らしい声を出したけど、

 演技をし始めたうちを止めるきっかけにはならない。

 横のタルト姉は、うんうん、と頷いている。なんの頷きなのか。


「妾は純粋を司る竜、カスティタス! 横暴を否定し陰謀を喰らいつくす! 

 汝を縛る脅威も脅迫も妾が咀嚼し糧とする! ――世界を、ひっくり返してやろうぞ!」


 おー! と隣のタルト姉が一緒に拳を真上に突き出してくれた。

 なんだこれ、牢屋の中でうちらは一体、なにをしているんだろう。

 でも、ここまで言ってしまったら、逃げる事はできない。

 だって逃げたら、格好悪いじゃん!


「――くはっ、ははは! サヘラ、面白いなあ!」


 テュア姉様が手を伸ばしてうちを引っ張った。

 鉄格子があるから密着する事はできないけど、

 近づいた顔同士を向かい合わせる事に障害はなかった。


「じゃあ、お願いしようかな」

 


 鉄格子がゆっくりと上がっていく。

 反省部屋から出たうちらは、太陽光を全身に浴びた。


 ここはシャーリック家のお屋敷の庭だ。

 芝生が広がる庭で、伸びをして、体を伸ばす。

 しゃきっとした体を進ませたら、腕を組んで壁に寄りかかる人物がいた。


「遅い」


 そして足元には、紐で縛られたアッコル姉様と、

 鎖でがちがちに覆われているリフィス姉様がいた。

 仏頂面のアッコル姉様――、

 寝起きなのか、大きなあくびをしているリフィス姉様。

 性格が大きく出た態度だった。


「ごめんよ、話し込んだら遅くなっちゃった」


「どうせタルトのせいだろ。

 だから話し込まないで、すぐに連れ出しておいた方がいいって言ったのに……、

 でも仕方ないか。テュア姉さんも、タルト似だしな」


「タルトがあたしに似てるんだって」

「タルトに姉さんの要素なんて何一つないよ。悪化させたのが、タルトだよ」


 お姉の評価、ひどいな……でも、これでも愛されているんだよねえ。

 逆に、愛されているからこそ、言ってくれる事なんだと思う。



「シータ、あんたねえ――」

 腹の底から低い声を出したのは、紐で縛られているアッコル姉様だった。

 今にも噛みつかんばかりの睨みで、感情抑制が働いていなかった。


「私たちにこんな事をして、ただで済むと思って――」


「あ――ッ! シータお姉ちゃんだ! 

 なんでこんなところに!? いつもどこにいるのっ!?」


 アッコル姉様の組織の下っ端みたいなセリフを潰して叫んだのは、

 まあ、いつも通りにタルト姉だった。

 壁に寄りかかるシータ姉様に、ぴょんぴょん跳んで近づく。

 その勢いに一歩、下がろうとした姉様だったけど、壁のせいで退けなかった。


 目を輝かせたタルト姉を見て、うぅ、と視線を逸らした。

 ああいう無邪気な感じは、シータ姉様にとっては苦手なのかもしれない。

 うちの妹達ともお喋りするのは苦手そうだった。

 うちと話すのも苦手そうだし。上手く会話が繋がらない。それはうちのせいかな。


 あと、さり気なくタルト姉が移動の途中でアッコル姉様の足を踏んづけていった。


「く、ぅぅ――」

 と、痛みをこらえるアッコル姉様が、タルトを睨むも、本人は知らん顔……、

 というか、本当に知らないんだと思う。興奮のせいで目の前しか見えていない。


「ああ、タルト、じゃん。さっきの悪口、もしかして聞こえてた……?」

「悪口? サヘラの?」


 おい。なんでうちなんだ。

 お姉にとって悪口を言われる=うちなのか。


「聞こえてないならいいんだけど」


「それにしても久しぶりだよねー。

 シータお姉ちゃんとはなかなか会えないからさ。

 あ、でも、シータお姉ちゃんのチームメイトにならよく会うよ」


「その話を詳しく聞きたいけど、今はそれどころじゃないよな」


 シータ姉様がテュア姉様を見る。

 二人の間で伝わる、アイコンタクト。

 


 シータ姉様はシャーリック家の八女で、

 タルト姉の一つ上の姉様……と言っても、年齢は二歳上だった。


 特に言われたわけじゃないんだけど、タルト姉とシータ姉様が、

 シャーリック姉妹の中でも境界線になっているように感じる。


 タルト姉は言わずもがな、まだまだ独り立ちと言うには遠く及ばない。

 うちもそうだし、うちから下は、まだお母様の手を必要としている。


 比べて、シータ姉様から上は、一人で生活でき、

 役職を持ってシャーリック家に貢献している。


 社会人か学生か、みたいな分け方をされているんだと思う。

 そういう意味じゃ、シータ姉様は微妙なところだった。

 けど、シータ姉様の一つ上の姉様――、

 フォルタ姉様の仕事を手伝っているところを見ると、うちら側じゃないってのは分かる。


 曖昧ではあるんだけども、

 タルト姉と一緒くたにされてしまうと、差があり過ぎる。

 うちだって、タルト姉よりはきちんとしているつもりだけど……、

 やっぱり、年齢の差は大きい。


 差が年齢だけだと断言できてしまうところが、タルト姉らしい。



 タルト姉が天然な問題児なのだとしたら、シータ姉様は狙った問題児だった。


 本人からしたら狙ったってわけじゃないんだろうけど、なるべくしてなった、みたいな。

 元々、素質は充分にあった。

 うちもそうだけど、分かりやすい反抗期があまりないシャーリック姉妹の中では珍しく、

 シータ姉は典型的な反抗期を迎え、フィクションみたいなグレ方をした。


 たまに見るシータ姉様は、うん、ほんとに、よく見る『不良』ってやつで……、

 同じような人たちと一緒につるんでいた。

 根は悪くはないから、本当の犯罪はやっていないらしいけど。


 ロワ姉様が恐いし。


 髪を染め始めた頃は金色で、その後は赤色にして――、

 でも、妹の双子たちと被っているからと言って、オレンジ色に染めていた。

 整髪料で髪を整え、アップにしている。

 うなじがちらちら見えて、大人の女って感じがした。


 けれど服装は黒い修道服だ。

 シスターだ……こんなシスター、やだよ……。


 そんなシスターさんは、煙の出ない白い棒を口に咥えていた。

 格好つけて、吸っている振りだった。

 あれ自体はただのお菓子だし、うちでも買えるし、吸えるものだ。



 シータ姉様は咥える白いお菓子を、一気に口の中に入れて噛み砕き、飲み込んだ。

 アイコンタクトの返事は、直接、口頭で言われた。


「反省部屋付近にいたのはリフィスとアッコルだけ、だと思うけどね。

 ……部隊派に取り囲まれるのは避けたい。欺けるとしたら、教会派だ……、

 欺けると言っても、タイミングは見極めないと。

 だから、あんまりここで長居もしたくないな」


「そういうわけだからタルト、積もる話はまた後で」


「このまま、いかせると思うの……? 

 私の命令一つで、部隊派はたとえ姉妹であっても拘束するわよ?」


「え――っ!? せっかく会ったのにお預けなんてやだよ! 

 あとで話そうとか言って、シータお姉ちゃんはすぐにどっかいくんだから!」


「いや、タルト? いま結構マジだから、ちょっと黙ってて」


 シータ姉様がちょっとイラッとして、

 またもや出番を遮られたアッコル姉様は、既に爆発寸前だった。

 あんなに顔が真っ赤なアッコル姉様、見た事ない……。


 怒りもあるだろうけど、遮られた恥ずかしさもあるんだと思う。

 なんだか、すっごい不憫ふびんだった。


 リフィス姉様は気づいていながらも、フォローをしなかった。

 アッコル姉様をなだめもしない。

 関わり合いになりたくないんだろう、うん、うちも気持ちはすごい分かる。


 あのトライアングルに加わりたくなかった。


「ん? 今ってなんかヤバい感じなの?」


「お姉! 危機感ゼロなの!? 

 一応、うちらを捕まえた張本人が目の前……、お姉からしたら真下にいるんだけど!」


「アッコルお姉ちゃん!? そんなところでなにやってんの!?」


 まるで、いま気づいたみたいな反応だった。

 ……いま気づいたのかも。あり得る。


「お前ぇ……!」


 リフィス姉様がミノムシみたいに鎖ぐるぐる巻きの状態から横に転がり、

 本格的に距離を取った。アッコル姉様を見捨てた……、タルト姉を見捨てたのかな。


「ずっと! さり気なく! 私の足を踏んづけてるんだよお前は!」


「ほんとだ! もー、それなら言ってくれれば良かったのにー」


「私の言葉を遮ってシータと喋ってたのはお前だろうがあ!」


 お姉が喋れば喋るほど、ヒートアップしていく。……お姉以外が。


 タルト姉とアッコル姉様の温度差がすごい。

 タルト姉のお気楽さが恐い。

 怒っている人が目の前にいるのに、普通に笑いかける事ができるその精神力がすごい。

 それはたぶん、原因が自分じゃないと、本気で思っているからなんだろうなあ。


 悪気がないのは本当だし。

 だから自分のせいかもなんて、思わないんだろう。


「お姉、ちょっと」

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