第18話 そして現在――

「ひーまー」

「暇だね……」


 コの字型の空間に鉄格子が下ろされた牢屋……、

 シャーリック家では反省部屋と呼ばれている。


 唯一ある正方形の窓(……窓?)から光が差し込んで、部屋の三分の二を照らしていた。


 部屋の中心、スポットライトのように太陽光を浴びながら、大の字で横になるタルト姉。

 うちは壁に寄りかかり、ぼーっと、天井を見つめていた。


 鉄格子の向こう側の廊下の先には、重たい扉があり、閉め切られていた。

 しーん、と足音一つしない。

 シャーリック家の大きな屋敷の中でも、特に人通りの少ない場所にあるため、

 偶然、人が通りかかるなんて事もない。必然的にこの空間で、タルト姉と二人きり。


 お姉が黙っているなんて珍しいなあと思ったけど、

 後々、騒ぐための溜めだとしたら納得、辻褄が合う。

 今の静けさが長く続けば続くほど、相応の反動がくると思うんだけど……。


 ――がばっ! と、いきなり上体を起こしたタルト姉が、うちの方を振り向き、笑顔で、


「しりとりしよっか!」

「お姉にしては普通だね」


 もっと、意味が分からない事を言い出すのかと思ったけど、

 二人きりで遊び道具もなにもなく、暇を潰すとしたら、やっぱりしりとりかな。

 それなら今よりもひどい事にはならないだろうし。

 ……牢屋に入れられるよりもひどい事って、あんまりないし。


「サヘラ、普通のしりとりをしてもつまらないでしょ? 

 だからちょっとしたルールを決めちゃうんだよ!」


「ふんふん! 一体どんな?」

「じゃーん! ロワお姉ちゃんが言いそうな事!」


 勝負がつかなそうなルールだった。

 けど、暇を潰すだけなら、いっか。


「じゃあお姉からね」

「うん! そうだね……『お先真っ暗だぜ……』」


「言わないと思う!」


 初っ端からそれ!? 

 お姉はロワ姉様のなにを見てきたの!? 

 そのセリフはどちらかと言えば、フー姉が言いそうな事だし!


「言わない? 言いそうなんだけどなー。こうやって手をおでこに添えてさー」


「まあ、うん。仕草はしそうだけど」

 そういう仕草の時は決まって面倒事が溜まっている時だと思う。

 で、それを知ってるお姉は、面倒事の渦中にいるからで。

 ロワ姉様も苦労しているんだなあ、と分かる。

 あの心を殺した性格も、お姉のせいなんじゃ……?


「じゃ、サヘラの番ね」


「え? あ、そっか、しりとりなんだもんね。

 ……『ぜ』でしょ? うーん……」


『せ』でもいいよ! 

 とお姉がアドバイス。濁点を取っても、すぐに思いつくわけじゃないけど。


「せ……『清々するわよ!』」


「なんだかツンデレなロワお姉ちゃんだ」

「うちの中のロワ姉様が歪んでいく……」


 あれ? ロワ姉様って、どんな口調でどんな事を言ってたっけ? 

 記憶が曖昧になってきた……。


「『よ』かあ……。『よしんば――」

「よしんばなんて言葉、使わないよ!」


 もうなんでもいいんじゃん! 

 こうなったらうちだって、なんでもありでめちゃくちゃ言ってやろうじゃないの!



「おお、捕まってるって聞いて助けにきてみれば、意外と余裕なんだなー」


 ただの暇潰しの遊びにムキになっていると、

 鉄格子の向こう側に立っている人がいた。

 黒いポンチョを羽織り、全身を隠している、怪しい人物――。

 口元だけが見えるフードを、頭に被っていた。

 覗く唇は、色っぽく光っている。女の人だと分かった。


「あたしも入れてよ」

「だ、誰……?」


「ん? ああ、サヘラか。体の調子はどう? 

 汝とか妾とか言い出してからは、心配なんてしてないんだけどな」


 うちの事を、知ってる……? 

 鉄格子で隔たれているけど、

 警戒を強めて距離を取ろうとしたら、タルト姉が鉄格子に飛びついた。


「テュアお姉ちゃん!?」

「そうそう。首飾り探し、頑張ってくれてありがとーな、タルト」


 お姉の頭を撫でる黒ポンチョの女の人が、フードを取り、その正体を見せた。


 テュア姉様。

 シャーリック家の次女であり、ロワ姉様とは正反対の天才。


 四年ほど前に家を出て、それ以来、うちは直接、会った事がなかった。

 姉様はこっそり帰って、タルト姉に会ってたんだけど、

 その時、うちは隠れちゃってたから。


 姉妹の間でも、昔からあんまり喋っていない同士だと、

 今更、喋ったりするのはなんだか気恥ずかしかったりする。


 うちとテュア姉様は、そんな感じ。


「首飾り、探してるんだけどね、結果は良くないかなー」


「そりゃそうだろうね。あたしだってまだ見つけてないんだし。

 ってか、無理するなって言ったじゃんか! 

 なのに、なんで反省部屋に入ってるわけ? 

 よっぽどの悪い事をしないとここには入らないと思うんだけど……」


「サヘラのせいだよ!」

「う、うち!?」


 いきなり指を差され、名前を呼ばれてびっくりしてしまった。

 うちがロワ姉様から逃げたのが原因の一つかもしれないけど、

 どさくさに紛れてアッコル姉様から逃げようとしたお姉にも、責任はあるんじゃ……。


 タルト姉の言葉に、テュア姉様も反応する。

「そうなの?」と聞かれたので、首を左右に振る。


 ちょいちょい、と手招きされた。

 いきたくなかったけど、誤解は解いておきたかった。


 鉄格子まで近づくと、

 隙間から伸びてくるテュア姉様の手が、うちの肩をぽんっと叩く。


「分かってる。どうせタルトがテキトーに言ってるだけなんだろうから」


 えっと、完全に嘘ってわけでもないっていうか……。


「サヘラ一人だけが悪いってわけじゃないってところかな。

 ま、別にあたしは怒ってないし、誰のせいかなんて、気にしてないよ。

 捕まった事を責めているわけじゃないから。

 ……うん、だからあんまりびくびくしないで、サヘラ。

 あたし、そういうの結構、ショックなんだ……」


「あ、――ごめんなさい!」


「昔はもうちょっと強気だったはずなんだけどなあ……、あたし以外には。

 家を数年も空けると、みんなの成長に、あたしの知識が追いつかないんだよなあ。

 タルトだけは分かるんだけど」


 テュア姉様、それってタルト姉が成長していないって事じゃ――、


「タルトは成長していないのかもな。

 成長してもなお、変わらないって事なのかもしれないけどさ」



「二人とも感じ悪いなー」


 タルト姉にしては珍しく、空気を読んでうちと姉様の会話に入ってこなかった。

 その代わり、滅多にしない不機嫌な顔がそこにあった。


「なにを話してるのさ!」

「タルトってば超可愛い!」


 言われた途端に、えへへ、と顔を緩ませて、頭を撫でられるお姉。

 不機嫌が消えてなくなり、質問した事さえも忘れているようで、


「そう言えば、どうしてテュアお姉ちゃんが?」


 と、当然のように話題が変わった。

 お姉がいいなら、いいんだけど……。


「タルトとおんなじ理由だと思うよ。

 あんまりきたくはなかったんだけどね。

 会いたかったやつと、会いたくなかったやつに会っちゃったし。

 だから、プラマイゼロってところではあるんだけどさ」


「お姉ちゃんも貴族街にあるって気づいたんだ!」


「ん、ああ。まあね」


 さっきからされている話を読むと、二人は首飾りを探しているらしい。

 タルト姉からは、ちょこっと聞いていたから、知ってはいるけど、

 お姉の態度から、あんまり重要なことだとは思っていなかった。


 でも、テュア姉様も探している。

 しかも、わざわざ家出から戻ってきてまで。

 そこまでするって事は、大切で、どうしても見つけたいものなのだろう――だったら、


「うちも、手伝うよ」

「サヘラ――!」


 お姉がうちに抱き着き、

 そして脇の下にうちの頭を挟んで、一気に締めた。


「く、ぐるしいっ、ちょっ、なにしてるのお姉!?」


 加減も分からず、お姉の背中をばんばん叩いて、ギブアップ宣言するも、

 なぜかお姉は止めてくれない。


「わたしが首飾りの写真を見せた時はいつもの設定に逃げて手伝う気もなかったくせに、

 テュアお姉ちゃんがいたらこれか! わたしじゃ不満なのか! まったくっ!!」


 妹から見た姉としては、不満ばかりだよ、とは言わない。


「あ、あの時はお姉だってあんまり重要そうに言わなかったから! 

 でも、今は二人して深刻な感じで……、だからなんとかしたいなって思って――」


 言うと、タルト姉は力を緩めてくれた。

 解放されたうちは、咳き込みながら、四つん這いになる。

 体がしんどいところに、タルト姉が手を差し伸べてくれた。


 優しい……とか思っちゃダメ! 犯人はお姉なんだから!


 掴むと、引っ張って立たせてくれる。

「サヘラ、ありがとー!」と抱き着かれて、視線をずらすと、テュア姉様と目が合った。

 にやにやされてる……、ううっ、恥ずかしい!


「それで! 一緒に探そうと思うけどさ、どこにあるか分かってるの?」


「テュアお姉ちゃん!」

「あたし任せかよ」


 タルト姉の他人本願は健在だった。

 振られたテュア姉様は、悩む素振りもなく、

「分かんないんだなー、これが」と断言。


「ここら辺にあるとは思うけど、詳しい場所まで分からないって事?」


「そういうこと。シャーリック家なのかさえ分からない。

 ……可能性は高いかもしれないけどな。だとしたら最悪だ。

 母さんだったら不可能、あいつだったら……」


 テュア姉様の表情が歪んだ。

「できれば会いたくないんだ」


「じゃあ、ロワお姉ちゃんには、わたしたちが会おうか?」


 タルト姉の発言に、気になるところ。

 わたし『たち』。うちも入ってるよねえ?


「ちょっ、お姉! うち、サボって言いつけ破って抜け出して、

 しかも脱獄した後に、ロワ姉様に会うの!? 地獄絵図だよ!?」


「自業自得じゃない?」

「タルト姉だけには言われたくない一言だよ!」


「大丈夫だってばー。ロワお姉ちゃんだよ? 

 常識を越えて突き抜けちゃえば、相手にされないよ。落ちるところまで落ちようよ!」


「それはそれで見捨てられてるってことじゃん! うちは嫌だよ!?」


 しかもなんてものに妹を誘ってるの!?


 タルト姉は平気かもしれないけどさ! 

 うちは森林街で生活できるほど、強かじゃないんだから!


「無理しなくていいよ」

 テュア姉様が、暴走するタルト姉を止めてくれた。

「最悪、あたしが接触する。四年ぶりに、積もる話もあるだろ」


 うちは、テュア姉様とロワ姉様の間の隔絶は知らないけど、

 いま、二人が会うと、ただならぬ事が起きそうだと思った。


 ……決して、二人を会わせてはいけないって、うちの中のなにかがそう急かす。


 うちはテュア姉様を見つめる。

 目を合わせ、うちも覚悟を決めた。

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