第17話 追加ルール

「ぼくに向ける感情が好意だろうが悪意だろうが、

 持った時点でぼくの部屋を見つける事はできないようになっているんだ。

 それがぼくの――『エゴイスタ』」


「だからみんなフー姉の居場所を知らないんだね。

 ……んん? でもうちはいつも通り、フー姉の元々の部屋の扉から入ってるけど」


「だから不思議だったんだよ。どうしてお前だけが、部屋に入ってこれるのかって。

 ……答えは簡単だった。というか、一つしかない。

 お前がぼくに向ける感情が、なかったからだ。

 好意も悪意もない、無関心だったから、ぼくのエゴイスタを突破できたんだ」


 無関心……、さらりと言ってくれるけど、

 うちがフー姉になんの感情も抱いていないなんて、そんな薄情な事はさすがにないよ。

 もちろん、だから嫌いなんてわけがないし、好きな方だ――なのに、どうして……。


「フー姉のエゴイスタに欠陥があったんじゃないの? 

 確か、条件設定が甘かったり、自分自身が有利過ぎたりしたら、すぐ崩れちゃうし、

 そもそも構築できなかったりするんじゃなかった?」


「そうだ、だからぼくのエゴイスタは脆く、崩れやすい。他と比べればな。

 だが、構築できれば良かったんだ。

 ロワやアッコル、フォルタみたいに、相手を閉じ込めて勝敗をつけようとは思わないからな。

 誰にも邪魔されない空間を作りたかったのさ。だから構築できれば、それでいい」


 確かに、崩れたらすぐに組み直せばいい。

 その都度、きちんと魔力を使うけどね。


 フー姉の条件設定が特殊なんだ。

 ロワ姉様たちのエゴイスタの組み方が、オーソドックス。

 勝利条件と敗北条件があって、ルールとリスクを互いに平等にする。普通はこうする。


 だけどフー姉の場合、ひねくれているというか、単純に目的が違うだけなんだけどね――、

 設定した条件を突破されても、エゴイスタは崩れなかった。

 最終的に、どちらかの敗北を設定していないって事になる。


 誰がなにをしようと、空間は半永久的に持続し続ける。

 ただ、途中で魔力を補給しなければいけないけど。


 勝利と敗北が関わってこない条件のため、フー姉の有利不利が、あまり影響されない。

 エゴイスタが強くなる事も、弱くなる事もない。

 それでもやっぱり、普通よりは崩れやすいけど。


 フー姉にとっては、それで充分だったんだ。


「人探し、なんてのは、エゴイスタの出番じゃないからな。

 そうそう見つかるわけがないんだ。だけど、こうしてお前が入ってきてしまったのは、

 ぼくの最大の弱点に、カバーがされていなかったから」


 ルールの穴じゃない。

 入口へ繋がる道を、真っ直ぐ歩いただけ。正攻法で突破した。


 でも、だからこそ不思議なんだ。

 だってうち、無関心じゃないもの。


「もしルールを知っていても普通はできない。

 突破方法を分かっても、心を殺す事は難しいからな。

 だけどお前はできるだろう……、自分の設定を演じ、何年も過ごしてきただろう。

 演技力がお前の中で成長していたんだ」


「無関心を演じてたってこと? 

 でも、うちはフー姉のエゴイスタの条件が、『無関心でいる事』だなんて知らなかったし」


「お前の設定の中に『孤高』とか『一匹狼』とか、あるんじゃないのか?」


 それは、ある。

 今はこの人間の姿だけど、元々は竜だからね。

 竜は群れず、一体で活動する、空と陸の王者だ。

 仲間などいなくとも、一体で全てを根絶やしにする力を持っている。


 孤高になりたくてなったわけじゃなく、

 仲間などいらない力を持つから、必然的に孤高になったのだ。

 でも、それがなんの関係があるんだろう……。


「他人に興味がないんじゃないか。それは無関心……、

 お前が設定を忠実に守り、心の底から演技であれ、思っているのなら、

 ぼくのエゴイスタを突破できる。……厄介なもんを身に着けやがって」


「ちょっと待って! でも、演技だよ……?」


 自分で演技だと断定してしまうのは、なんだか虚しくなった……。

 けど今は、フー姉のエゴイスタについて、もうちょっと知っておきたい。


「だから言ってるだろ。自分の設定を演じ続けてきたお前は、

 自分の心を騙せるほどの演技力が身に付いているんだ。エゴイスタでさえも騙すほどのな」


 にわかには信じられなかったけど、

 フー姉が気に食わなそうな顔でそんな嘘を言うわけがないし……、

 嘘を言う場合は、すごく楽しそうな顔をするのだ。だから信じるしかない。


 うちにはそういう特技があったんだ……、自覚ないんだけど。

 次に、フー姉の部屋に入る時、変に意識しちゃって入れなさそうだった。


 あ、そうか。フー姉はうちに教えて、部屋に入りにくくしているわけか。

 そうだとしたら、これは意地でも次も入ってやろう。


「厄介ではあるがな。ま、しかし、困ったわけでもない」


 フー姉に焦りはなかった。

 今まで危険視していた事が、実は大した事なかった、と言いたげだ。


「天敵がお前だけなら対処の仕方もある。

 ぼくと喋っている間、ずっと演技しているわけじゃないし……、

 だから内側に入った後にも、条件を付け足してしまえば、解決」


 たとえば――、と、フー姉がうちに人差し指を向ける。


「部屋に入った者が無関心でなくなった場合、外にテレポートさせる、とかな」



 視界が一瞬で変わった。

 白い壁がなくなり、見えるのは青空と白い雲。

 すぐ隣には視界を塞ぐような巨木――神樹、シャンドラ。


 重力に従い落下するうちは、悲鳴さえも上げられず、がくん――と、宙に止まった。


「いき、生きてた~っ!」


 シャンドラから伸びた枝がうちの服に引っかかり、落下を止めてくれていた。

 ぶらんぶらん、と動くと当然、体が振り子のように揺れる。

 手を伸ばすも、枝には届かず、足を伸ばすも、枝に届かず。


「……あれ?」


 どうしようもなかった。

 うちは一人、景色を楽しみながら、人を待つしかない。


「こんなところ、人が通るわけがないじゃん……っ」


 通るとしたら、シャンドラに怯えない魔獣か、ただのバカか……、

 期待を薄くしてのんびり待っていると、下から救世主が現れた。


 このシャンドラを、素手で登ってくるバカ……、こほんっ、物好きがいた。

 うちは貴重な救世主を逃さないようにじっと観察し……、


「げっ」


 いま以上に最悪な展開へと、いとも簡単に持っていく、トラブルメーカー……、


 タルト姉だった。


 ここは見逃して、次の人に助けを求めるのも手だったけど……、

 きたらきたでその人もお姉ばりに変人なんだろうなあ、と思った。


 だから消去法で、仕方なく、タルト姉に声をかける。


 ――で、予想通りに最悪へ連れていかれた。

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