2章 脱獄しようよ!【語り:サヘラ】
第15話 サヘラのルーツ
「フー
「クッキー? 知らん。そんなもん、寝ぼけながら食べたかもしれんな」
「なんでっ! なんで勝手に人の物を食べた!?」
「人の部屋に勝手に入っておいて、おやつを置いておく事にぼくも文句を言うが?
さり気なく自分好みの快適な空間に調整していくんじゃない!」
カタカタと、パソコンのキーボードを打つフー姉――、
フルッフ姉様は、うちに目も向けなかった。
視線はディスプレイに釘付け。しかもそのディスプレイは六台。
上下共に横に三つ並んでいて、別々の窓が開いている。
一つは動画投稿サイト。
一つはブログ編集画面。
一つは複数のメモ帳を開き放置しており、残りは全て、見ても分からない数字の羅列。
○○株式会社の文字もいくつも目に入った。
一つの事に集中するのは時間の無駄らしく、
最低でも二つは同時進行していないと姉様は気が済まないらしい。
それほど時間がないというのもあるけど。
なにをしているのかと聞いても、
どうせ返ってくるのは『言うだけ無駄』の一言なのでなにも言わない。
うちは冷蔵庫を漁って、人を選ぶ、くせの強い炭酸飲料のキャップをひねる。
ぷしゅっ、と音を立てて、ちょっとだけ中身が漏れた。
落ちた水滴がソファを濡らしたけども、数滴なら気にしない。
水滴の上に重なるように、うちもソファに座った。
ごくごくと一気に半分ほど飲んで、近くのテーブルに置き、横になる。
肘置きに頭を置いて、足を限界まで伸ばし、ぐんっ、と伸びをする。
解放感があって気持ち良い――っ、
すると、どっと疲れが出てきたので、まぶたを下ろして眠ろうとした。
帽子は自然と脱げて、地面にぽすっと落ちる。
それに気づけなかった。頭が軽く涼しいなと思った矢先、
うちの額が割れるような痛みを感知する。
一瞬の灼熱、
その後は、じわじわとゆっくり痛みを感じる。う、涙が出てきた……。
「――なにするんだよぉ!?」
「うしろでのんびりとくつろいでいるんじゃない!
そもそも入らせる気なんてなかったし、入れるはずは、本来ならできないはずなのに!
――その辺の原因究明も面白そうではあるが、
とにかく、今は仕事の邪魔だから、出ていけ!」
「今は仕事って、いつもいつも仕事してる光景を見るけど……」
「それだけ忙しいって事だ。
……あー、もういい。追い出す手間も面倒だ。
そこにいていいから、そこから動くな。いま投げた本でも見てるんだな」
「これ……」
「お前の好きな話だ。それで一日、潰せるだろ」
さすがに飽きてるよ……。
うちでも潰せて、三時間くらい。
これ単体じゃなくて、このお話に関係する資料を漁ったりして、
やっと三時間ってとこだと思うけど。
眠気が良い具合に意識を沈めていたのに……、
痛みで意識がはっきりしてしまった。
眠気がまったくない。
読み潰したくらいに読んだ本を開く――イラスト、冒頭の文。全部知ってる。
簡単に言うと内容はこうだ。
村で育った、なにをしてもダメダメな少女が神様に選ばれ、
世界を救うために悪い竜を倒しにいく話。
その過程で、色々と出会いや別れを繰り返し、少女は成長する――、
のだけど、そこはちょっと長いので省略し、物語の核心。
主人公の少女は、倒すべき悪い竜の妻だった。
つまり、竜の生まれ変わりだった。
少女は全てを思い出す。昔は心優しかった悪い竜の、今の暴虐を止めるために。
愛する彼を救うため、竜は死んでもまだ諦めず、少女となり、彼を救おうとした。
それは約束だったからだ。
暴虐の限りを尽くす、まだ自我を持っていた頃の、夫の竜との。
最終的には、少女が竜に戻り、悪い竜と再び結ばれる事でハッピーエンドになる。
……でも、細かい部分の因果関係が説明されていないのは、これが童話だからなのかね。
うちとしてはハッピーエンドで終わってくれるのは助かった。
どっちかが死ぬバッドエンドなんで、後味が悪過ぎるし。
けれど、暴虐の限りを尽くした一回目の理由付けがない。
ちなみに少女は竜だった時代に夫に殺されており、
その時の記憶がない夫の竜は、誰かに殺されたのだと勘違いして、
暴虐の限りを尽くしたのだとか。じゃあ、妻を殺した時の暴走はなんだったの?
と、疑問があるけど、言っちゃだめんなんだろうなあ、と思ってがまんをしている。
ツッコまれたくない、デリケートな部分があるんだろうね。
とにかく、この本でうちが感動したのは、
ダメダメな凡人でも必ずなにか光るものを持っていて、
それによって助けられる人がいるという事だ。
体の調子があまり良くないうちにとっては、希望となった本だった――。
うちのルーツはこれだけじゃない。
自然現象なのか、人為的なものなのかは分からないけど、
世界の竜が全て滅ぶという事態が起きた。
転生し、人間となった元竜の少女が、かつての仲間を探す旅に出る……。
他にもまだまだたくさん、うちの心を動かした本は数十を越え、数百冊はあるけど、
中でもこの辺りのお話が好きだったかなあ……、
内容は一字一句、違わず言えると思う。なんの自慢にもならないけどね。
本をぱたんと閉じる。
顔を上げると、フー姉がこちらをじっと見つめていた。
値踏みするような瞳……、思わずびくっとしてしまう。
「え、……なに?」
「よくもまあ、同じ本を読んで喜怒哀楽を表情に出せるな。
知っている物語を見ても、なにも感じないだろうに」
「好きな本は何度でも感動できるものなの」
「ぼくにはまったく分からないね」
と、くるり、椅子を回転させて、再びディスプレイに向かうフー姉。
うちは服装を整え、本を返しに、フー姉の隣に近づく。
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