第14話 正反対の双璧

 まず、サヘラのとんがり帽子がくしゃっと沈み、わたしの目の前で押さえつけられた。

 次に、わたしだった。がくんと膝が折れて、そのままうつ伏せに押し倒された。

 頭を鷲掴みにされてると思う……、感覚的に。


 目の前にはサヘラの顔があり、わたしと同じで、

 なにがどうなったのか分かっていないようだった。

 頭を押さえつけられているので頭を上げられないし、だから状況が把握できない。


 サヘラとアイコンタクト。

 けど、持っている情報が同じなので、なにも答えが出せなかった。


「だ、誰!? あだっ、背中! 踏んでる踏んでる!?」

「あら、不審者かと思ったら、タルトじゃないの」


「そ、その声は……っ! 

 背伸びして身の丈に合わないキャラを演じる、アッコルお姉ちゃん!」


 言うと、背中を踏むお姉ちゃんの足が力を強めた。

 加えて、ぐりぐりとされる。


「いたっ、うげっ。――あはっ、あはははは! 

 痛いけどくすぐったくてなんか笑っちゃうよ!」


「相変わらず、タルトが絡むとシリアスにならないよなあ」

「あ、リフィスお姉ちゃん! アッコルお姉ちゃんと違って人気者の!」


「踏まれ足りないらしいわね」


 図星を突かれたアッコルお姉ちゃんの静かな怒りを、

 リフィスお姉ちゃんがまあまあ、となだめる。



 正反対の二人だった。

 小麦色に焼けた肌を持ち、背中を露出した水色のドレス

(には全然見えないんだけど……)を着ている、リフィスお姉ちゃん。

 同色の長い髪を後ろで結び、ポニーテールにしている。


 密着度の高いドレスは、ボディラインというか、筋肉を浮き彫りにしていた。

 健康的で筋肉質な体は、リフィスお姉ちゃんの運動神経の高さが分かりやすい。


 比べて、アッコルお姉ちゃん。


 群青色のおさげ髪を二つ、肩に垂らし、肌の露出を抑えた真っ白な制服を着ていた。

 刺々しい雰囲気と相まって、よく目立つ。

 リフィスお姉ちゃんと一緒だと、肌の白さもあってさらに引き立っていた。


 辞書とメモ帳を常に持ち歩いていて、まるメガネをかけている。

 ロワお姉ちゃんを真似して鉄仮面を被っているんだけど……、

 さっきみたいに結構、脱げやすい。すぐにカッとなる。


 がまんを覚えようよ……。


 顔に出ていたらしくて、サヘラが、お前が言うなよ的な視線を向けてくる。


 アッコルお姉ちゃんは、わたしが苦手とし、わたしを苦手とする委員長タイプだった。



「そうだ、サヘラ。体の調子はどう?」

「……大丈夫だけど」

「そうか。まあ、すぐに抜け出したところを見ると、そりゃそうだよな」


 うぐ、とサヘラの言葉が詰まる。

 やっぱりサヘラがここにいるのはまずかったんだね……。

 サヘラもそりゃあ、ちょっとは気を付けるとは思うけど、

 ロワお姉ちゃんの目は誤魔化せなかったか。


「ロワ姉様に怒られてすぐに屋敷から抜け出したらしいじゃん。

 タルトに会いたい気持ちは分かるけどね。すぐはまずいよ、すぐは。

 ロワ姉様、見た目はあんまり怒ってなさそうだったけど、

 あたしたちを向かわせたところを見ると、怒ってない、とは言い切れないかもしれないな」


「だ、誰がお姉ちゃんなんかに……っ!」

 妹に『なんか』って言われる姉の気持ちは、一直線に、虚しい……。

「うちらを捕まえて、なにをするつもりなの……?」


 頭に乗せられていた手は、既に放されている。

 自由に動く顔を上げたサヘラが、心配そうな顔でお姉ちゃんを見上げた。


「んー、別になんも? サヘラにはあんまり乱暴な事はできないし。

 ま、屋敷に連れ戻すだけだな。楽な仕事のはずだったんだけど――、

 まさか、タルトがいるなんて……、ちょっと手を焼くかも」


 リフィスお姉ちゃんは、苦笑する。

 わたしがいると手間がかかるの?


「リフィス、さっさと連れていきましょう。

 仕事、他にもたくさん溜まっているのだし」


「それもそうか。重要なのはこの件じゃないしな」


 リフィス、とアッコルお姉ちゃんの静かで鋭い制止の声。

 へいへい、と頭の後ろに手を回したリフィスお姉ちゃんが頷く。


「余計な事は言いませーん」

「まったく……、妹だからって不用心よ。リフィスは甘過ぎるのよ」


「アッコルが厳し過ぎる気もするけどな。まあまあ、そんなに怒るなって」


 リフィスお姉ちゃんが不愛想なアッコルお姉ちゃんの頬を指でつつく。

 それから、腕を肩に回して引き寄せた。

 アッコルお姉ちゃんは、辞書を胸に抱きながら、鬱陶しそうな顔をする。


「そうやって、すぐにボディタッチをする……っ。

 離しなさい。リフィスの自己満足に付き合えるほど、暇じゃないのよ」


 うわっ、厳しい言葉。

 リフィスお姉ちゃんがショックを受けた表情を作るも、

 すぐに空元気を出して、場を険悪にさせない。


 リフィスお姉ちゃん、かわいそー、という視線が、

 わたしとサヘラからアッコルお姉ちゃんに注がれる。


「うっ」


 加害者という自覚があるらしくて、

 アッコルお姉ちゃんは、視線をちらちらリフィスお姉ちゃんに向けていた。

 歩き出そうとしていたのを止めて、小声でぼそぼそと呟く。


「わ、悪かったわよ、さすがに言い過ぎたし……」


 リフィスお姉ちゃんの指先を、自分の指先でつまんだ。

 小さなアクションで、離れたリフィスお姉ちゃんを引っ張る。


「ひゅーひゅー!」


 わたしの野次に、アッコルお姉ちゃんがギロリと睨む。

 さっ、と視線を逸らして、怒りの矛先から逃れた。

 危なっ、あんまり調子に乗らないでおこう……。


「学習しないよね、ほんとに……」


 サヘラの呟きを片耳で拾いながら、もう片方は、お姉ちゃんズ二人に集中させる。

 よくは聞き取れなかったけど、アッコルお姉ちゃんが謝って、

 リフィスお姉ちゃんが許して――とまあ、仲直りできたのなら良かった。



「邪魔しちゃ悪いよね、サヘラ、いこっか」

「え、でも――」


 わたしとサヘラは立ち上がって、二人に背を向ける。

 迷っていたサヘラの手を掴んで引っ張った。


 屋敷を抜け出したサヘラを連れ戻しにきたというのなら、

 勝手に家出をしたわたしだって連れ戻すべきだ。

 わたしを、もう放置しているロワお姉ちゃんとは違って、

 アッコルお姉ちゃんはどんな理由であれ、罰則は与えるべきという考えを貫いている。


 誰だろうと平等に。

 それが家族だろうと、罰則を緩めるような事はしないのが、アッコルお姉ちゃんだ。

 ロワお姉ちゃん以上に、真面目――、不器用で融通が利かない。


 そういう点では、場を見て柔軟に考えられるロワお姉ちゃんの方が、いいのかも。


 このままじゃ十中八九、わたしたち二人は捕まって、たぶん『反省部屋』に入れられる。


 反省部屋とは名だけの、もうあれは牢屋だ。

 コの字に見える空間に鉄格子で蓋をし、窓はなく、

 あるのは正方形の穴に、二本の鉄格子が挟まっているだけ。


 もちろん明かりはなくて、夜になったら真っ暗で、目が慣れなきゃなにも見えない。

 なんの音か分からないけど、水滴が滴る音とか、かりかり、っていう、

 なにかを引っ掻いてる音が聞こえて……、


 あんなところに数時間もいたら気がおかしくなる。


 これはほんの僅かな体験談。


 今までの人生で本当に怖かったのはあれだけだったよ……。

 反省部屋にだけは絶対に入りたくなかった。

 あそこにいくとは限らないけど、可能性が高い。


 念には念を入れて! 

 お姉ちゃんズの二人がいちゃこらしている間に、さっさと逃げちゃおう!




「……逃げ切れると思っているのかしら」


「タルトを捕まえるのはちょっと難しいかもな。

 ――『条件下空間エゴイスタ』、使う?」




「なんか、うしろから不穏なワードが聞こえてきたんだけど!」


 わたしには聞こえなかったけど、サヘラがいきなり焦り出す。

 走りながら振り向いたのも束の間――、

 リフィスお姉ちゃんがアクロバティックな前転後転の動きで、

 わたしたちよりも先回りし、突撃するわたしとサヘラを、弾む胸で受け止めた。


 ぎゅうっ、と抱きしめられる。

 がっしりとした腕で、振りほどけなかった。


 後ろに追いついたアッコルお姉ちゃんが、わたしとサヘラの手に手錠をかける。


 がちゃこんっ、という音と共に、後ろに回された手が前に回せなくなった。

 上半身のほとんどが封じられて、このままじゃ、

 リフィスお姉ちゃんにされるがままになっちゃう!


 けど、意外にもすぐに離された。

 手錠に繋がれている鎖を追うと、アッコルお姉ちゃんの手に繋がった。

 ぐいっ、と引っ張られ、わたしとサヘラは、お尻から地面に倒れてしまう。


 ごろんと寝転ぶわたしたちを見下ろし、アッコルお姉ちゃんは、ふんっ、と息を吐く。


「――エゴイスタを使うまでもないわよ」



 それから。


 わたしとサヘラを詰め込んだ反省部屋という名の牢屋に、鉄格子が下ろされた。

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