第13話 しのびよるもの
「落ち着いた?」
「落ち着かせたかったらまず黙って」
その声からして、落ち着いたようだった。
羞恥心もだいぶなくなったと思う。
時間が経てば自然と消えるものだし、羞恥心は比較的、心の傷としては軽いものだ。
軽いけど、たくさんの傷を負うものではある。
わたしは口をばってんにして、呼吸を止める。
うぐ、く、苦しいんだけど……。
「息はしてよ。……めんどくさいなー」
あれ? サヘラの言葉にオブラートがなくなった気がする。
包まず裸じゃん。
ぐったりし、うんざりして、サヘラは枝の上に腰をつけた。
わたしも隣に座る。
「……もう言うけどね、お姉ちゃんが心配だったの。
どうせ、すぐに厄介事を起こすんだろうし、
うちが手綱を握っておかないと、さらにひどい事になるだろうしね」
「またまたー」
「言っておくけど、マジだからね!?」
わたし、そんなに信用ないのかなあ?
厄介事なんてそうそう起こさないって思ってるけど。
今までの事を思い返しても……、うん、思い当たる節は、なかった。
「自覚がないって、質が悪いよね……」
はあ、と溜息。
周囲から残念な子と思われてるサヘラから呆れられるって、
結構ダメージが大きいって、分かってる?
「聞きそびれちゃったけど、お姉ちゃんはなんで戻ってきたの?
家出から帰ってきた――ってわけじゃないだろうし」
あ、そう言えば、サヘラには言ってなかったっけ?
首飾りの事を説明してなかったかも。
まあ、色々とあって、説明する暇がなかったというのが真実だ。
サヘラは宝石とか詳しそうだし、首飾りの事、なにか知っているかもしれない。
「これは……ッ!」
写真を見せたら、サヘラが驚き、手を顎に添えて、記憶を逆流させる。
なにか、思い出せそうな雰囲気だった。わたしは期待して、サヘラをじっと待つ――。
「『
竜を滅ぼしたあの世界変遷は、覚えているな?」
覚えているもなにも、記憶にすらないんだけど。
そこでわたしはやっと気づく。
あ、サヘラ、首飾りの事、まったく知らないな?
反応したのも、首飾りがサヘラの中で広がる世界に使えそうだなと判断できたのだろう。
サヘラにどれだけ聞き、どれだけ写真を見せても、なにも得られない。
でもまあ、今までサヘラの話に水を差したり腰を折っちゃったりしたから、
ちょっとくらいは
ガス抜きは誰にだって必要なのだ。
「うん、覚えてる。世界が揺れて、ぷしゅってなったんだっけ?」
「そんな炭酸飲料みたいな現象で竜が滅ぼされてたまるか」
あら、サヘラが思い描いてたのとは違うらしい。
いや、難しいよ?
人の頭の中にある世界観を言い当て、それに合わせて話を作るのは。
「いや、しかし……、言い方や表現方法はあれだが、……結局はそういうことだろう。
世界が揺れ、崩壊する世界に抗う事を、
一瞬だが、諦めた竜は取り戻せないその一瞬の時間のせいで、命を落とした。
言い方はあれだが、本質を的確に見抜いている――」
なんか絶賛されてる……っ。
効果音って便利!
わたし、なにも考えていなかったのに。
だって、わたしが言ったのって、世界が揺れたねっ、て事だけだ。
サヘラの設定がゆるゆるだからこその隙間なのだろう。
その隙間は、かなり大きいねえ。
「その首飾り、
アンモマンエシェックによって飛び出してきたものに、酷似している」
「やっぱり、そうだったんだね……っ」
はっ、としたサヘラが、わたしを睨み付ける。
「なにを、知っている……? 竜の生まれ変わりは妾だけのはずだ!
お前も! まさか竜なのか!? 一体、なにを司っ……ったい痛い痛い!
いきなり近づいてきたと思ったらこめかみぐりぐりするなあっ!?」
「お姉ちゃんを指差してお前って言っちゃダメ」
「いや、でも設定なんだから別――、
あば、いぎっ、わか、分かったごめんなさいっっ!」
サヘラはこめかみを手で押さえて、うずくまる。
サヘラは昔から、こめかみぐりぐりが苦手だった。
これ、わたしもテュアお姉ちゃんにやられて苦手だった――、
たぶん、姉妹みんな苦手。
逆に、平気な人はいるのかなと疑問に思う。
ロワお姉ちゃんでさえ、これには警戒を示すのだ。
今のロワお姉ちゃんがこれを喰らって声をあげるところは想像できない……、
澄ました顔で、「……痛い」、と、ぼそっと言いそう。なんだろうその脱力系。
良いリアクションを見せてくれたサヘラは、半泣きだった。
涙腺が緩いのは昔から直っていない。
「もうそろそろ十三歳なんだから、すぐ泣くくせは治した方がいいよ」
「もう十三歳ですけど!?
すぐ泣くと言うけど、昔から全部、お姉ちゃんの肉体的暴力のせいだからね!」
なんと、初耳だった。
わたし、暴力はしないようにしてたのに。
「今のはじゃあなに!?」
「今の? もー、あんなのじゃれ合いだよ。
あいさつと一緒にキスするようなもの」
「いい迷惑だ!」
憤慨するサヘラをなだめる。
泣く事が多いけど、こうやって怒る事も多い。
けど、その分、笑顔もたくさんあるし……、
喜怒哀楽の表現が細かくたくさんあって、サヘラを見てるとこっちまで元気になってくる。
そういう力があるのだ。
救われた人は、絶対に多いと思う。
サヘラの肩に手を、ぽんっ、と置き、
「サヘラは今のままでいいんだよ?」
「それはお姉ちゃんにとってのいいカモになれということ!?」
「失礼な! 確かにサヘラはカモじゃなくてもアヒルの子ではあるけど!」
「今は醜いって!? とにかく失礼だ!」
醜いってか、直視しづらいって方が正確かな。
そんな感じで、わたしの方はじゃれ合い気分、
サヘラの方は喧嘩をしている感じだった。
噛み合っていないべきなのに、噛み合ってしまうのがわたしたちクオリティ。
姉妹の息、ぴったりだった。
貴族街の端の方とは言え、かなり大きめな声で騒いでいたから、
もしかしたら、声が街中まで通っているかもしれない。
貴族は他人には無関心で、自分さえ良ければいい自己中が多いけど、
中には面倒見が良い人だっている。誰だろうと、いま見つかると厄介だった。
わたしは言わずもがな。
サヘラもまあ、抜け出してきちゃったから、お尋ね者に近い。
「さり気なくうちも悪者扱いされた……」
言葉の綾だから許してちょん。
言ったら、妹の視線が鋭くなったので、視線を逸らして口笛を吹く。
「……お姉」
一瞬、気づかなかったけど、サヘラからわたしの呼び方で、
お姉ちゃんの『ちゃん』が抜けていた。
きっと意図的に。まずっ!? もしかして愛想が尽きた!?
「お願い、ちゃんをちゃんとつけて!」
「分かるけどなんかややこしい! ――違う! そんな場合じゃなくて!」
「そんな場合だよ! 妹から嫌われるなんてわたし嫌だよ泣いちゃうよ!?」
「分かったから! ちゃんをつけるから! いいからあそこっ、見て、ほら!」
サヘラが指差した場所は、木でできたベンチだ。
ベンチというか、ただの枝だ。
盛り上がった部分があるから、ベンチのように見えるだけで、実際はベンチじゃない。
木だ。枝だ。
そこを見たけど、あるのは枝だけ。
「あ、あれ……?」
「もー、サヘラのう・そ・つ・き」
「…………」
字で書き起こせないほどの小さな声で、
いま、「死ね」って言ったよ!?
「言ってない」
「言ったよ!」
「言ってないってば」
「絶対に言った!」
「――リフィス、拘束して」
「あいよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます