第12話 捜索開始

「……しないわ。私がするのは、話だけ。それ以上の事はない」


 それは、本当だと思う。

 ロワお姉ちゃんは、約束を絶対に守る。自分が言った事も、必ず。


 他人に厳しくて、そして自分に厳しくて。

 そこに関して、差別はしなかった。


「あ、ありがとう!」



「サヘラ、ありがとうござます、よ。

 あと、自分を呼ぶ時は、うち、ではなく、私――言葉遣いから直していきなさい。


 私たちが最も使うものは、言葉よ。人徳を得るのも、人を従わせるのも。

 人の上に立つのならば、言葉は誰よりも正しく使わなければならない。

 お前たちの勉強とは、そういうことよ」



「う、うん……は、はいっ!」


 言い直したサヘラを見て、お姉ちゃんは頷く。


「サボった分の授業は、きちんと埋め合わせをしておきなさい。

 私はなにもしない。先生に連絡し、時間を指定するのも、サヘラからだ。

 自分のわがままで相手の時間を割くのだから、

 どういう態度でいればいいか、分かるわよね?」


「分かりますっ」


「そう。それならいいわ。屋敷に戻りなさい。遊びは終わりよ」


 言い終わり、ロワお姉ちゃんが背中を向けた。


 ……あれ!? わたしは!?


 いや、なにもないならそれでいいんだけど……、

 絶対に、わたしにもお説教があるのかと身構えていたから、

 なんだか、肩透かしを喰らった感じだ。


 ぐっと入れていた体の力が抜けて、膝から崩れ落ちそうになる。

 なんとか踏ん張り、わたしはお姉ちゃんの背中に声をかける。


「ロワお姉ちゃんっ!」

「お姉様か姉様と呼びなさいと教えたはずよ」


 いけないっ、思わず心の中の呼び名で呼んでしまった。

 気を抜くとすぐにこれだ。

 集中力がなくて、意識散漫。

 目の前の事に集中し過ぎで、周りが見えなくなる、と言えば、聞こえはいいかもしれない。


「ロワお姉様!」

 と声をかけたはいいけど、

 思わずかけてしまっただけなので、次、なんて声をかければいいのか……。


 言葉を選んでいると、


「今、どこに住んでいるの? ご飯は? きちんと食べてる? 

 勉強もしなくてはいけないわよ。

 これから暑くなるし、すぐに冬にもなる。病気にだけは気をつけなさい――」


 と、一気にまくしたてられたわたしは、

 もう序盤の質問など忘れて、咄嗟に「分かった!」と声を出してしまっていた。


 ――って、いや、そうじゃなくて!


「ならいいわ」


「って、違うよ! 家出してから初めて会ったんだよ!? 

 わたしの事を連れ戻そうとか、しないの!? いや、されても困るんだけども!」


「連れ戻そうとしたら、戻ってきてくれるの?」


「しないけども!」


「なら、連れ戻す行動に意味がないわ。

 無理やり連れ戻したところで、同じ事が繰り返されるだけ。

 自分から成長する気のない子に目をかけたって、時間の無駄よ。

 ――だったら、成長したいと思える子に、時間を割きたいわ」


 お姉ちゃんは、サヘラの肩を引き寄せる。

 それは勝手に家出をしたわたしを、ほんのり匂わせながら言い、突き付けた、

『切り捨てる』という意思表示だった。


 お姉ちゃんは変わらず無表情の鉄仮面。

 見捨てる気があっても、助けを求めれば助けてくれる、と、お姉ちゃんは考えている。

 それは、いっそのこと、嫌われた末に見捨てられた方が、よっぽど良かった。


 いなくなれば見捨てるけど、家にいれば目をかける――、

 それって、いてもいなくてもどっちでもいいって言っているような……。


 無関心に近い。

 ロワお姉ちゃんは、わたしの事を、なんとも思っていなかった。


「タルト、気をつけなさい」

「……分かった」


 それも社交辞令。

 心にも無い言葉。


 サヘラを連れ、シャーリック家の屋敷の方向へ進んでいくお姉ちゃん。


 再びの別れだ。


 わたしは一人、ぽつんと残される。

 貴族街。見慣れた風景。変わったところを探す方が難しい。


「――ま、あれがお姉ちゃんだし」


 姉とは思えないほどに冷たかったけど、昔からあんなだった。

 今更、それがちょっと進化していたくらいじゃ、驚かない。


 気を取り直して、わたしは本来の目的を達成させる事にする。


「貴族街に潜む、首飾りっ、と」


 わたしは注意深く観察しながら、道を進む。

 周りの視線が、なんだか痛かった。



 シャーリック家の九女とは言っても、

 ロワお姉ちゃんとテュアお姉ちゃんの印象が強いために、

 プロロクお姉ちゃんから下の姉妹の顔なんて、貴族の人は覚えていない。


 しかも、わたしはいま、家出中だし、

 しかも貴族街にいるとは思えない、少し汚れた格好をしているために、

 周りからの視線が痛かった。


 こんな視線を、サヘラは常に浴びているんだよね……。

 素直に見直した。サヘラの精神力は、かなり強いのだと認識する。


 どんな事でもポジティブに乗り切ろうとするわたしでも、

 周りが敵だらけの場所で、ハイテンションでいられるわけでもなく、

(かと言って落ち込むでもなく)

 とにかく視線から逃れるため、見慣れた場所まで足早に移動した。


 網目状の枝の上に敷き詰められた、大理石のタイル。

 それがない場所がある。


 貴族街――北端。

 東西南北の端はどこもタイルがなく、網目状の枝が地面になっている。


 ここにタイルがないのは、人通りが少ないからで、周りには誰もいない。

 一か月ぶりで懐かしかった。


「こんな格好じゃあ、聞き込みすら満足にできなさそう……」


 あの嫌悪するかのような目……、

 わたしの事を森林街の住人、下界民ニースだと分かってのものだろう。

 攻撃されなかったのが不思議なくらいだった。


 どうにかして服装を変えて……、

 一応、わたしも貴族の中のハイエンド、シャーリック家なのだし、

 見た目さえきちんとすれば、聞き込みくらいはできそうだった。

 そのためには服装を手に入れなくちゃいけないんだけど……それが最難関。


 敵の本拠地で手詰まり……、最悪だった。


「困っているのなら、手を貸すのもやぶさかではないが……、妾も今は、興が乗っている」

「…………なんでいるの?」


 さっき、ロワお姉ちゃんに連れていかれたはずのサヘラが、ポーズを決めて立っていた。

 手を顔の前に被せ、瞳を遮る。

 サヘラの中でお気に入りなのかな。そのポーズはしょっちゅう見る。


「なんで、いる……か。妾はどこにでも存在している。

 汝が認識するかしないかの違いでしかないのだ――あだっ」


 瞳を手で遮ってしまっているから、ちょっとした枝の出っ張りにつまづいていた。

 手をつこうとしたら帽子がずれ、目深くなってしまう。

 視界が真っ暗になったサヘラは、網目状の地面に手をつき、

 案の定、すっぽりと網目の穴に両手を突っ込んでいた。


「ぎゅ!」

 おでこかな、顎かな――がんっ、と音がしたのは、

 支えを失くしたサヘラが、枝に思い切り顔からダイヴしたからだ。


 痛そう……、ぷるぷる震えながら、お尻を突き出す格好は、間抜けだった。


 寸前まで格好つけてたから、尚更。


「おおー、もはや職人芸だよね」


「いだいっ、もう、なんでこんな目にばっかり…………、はっ!

 ――汝、妾を認識しているという事は、もしやっ……?」


 もしやっ、じゃなくて。

 ぶつけたのはどうやら鼻らしく、涙目になりながらサヘラの設定の世界が広がっていた。

 痛いって言えばいいのに。言ってくれれば、撫でるくらいはするよ?


「…………そ、そんなのいらんわ!」


 あ、ちょっと悩んだ間があった。

 やっぱり、まだ甘えん坊は抜け切っていないようだった。


 嫌がるサヘラに近づき、無理やり、ぶつけたらしい鼻を見る。

 まあ、ちょっと赤いけど、大した事はなさそうだった。

 手間もかからなかった。嫌がるわりに、サヘラはされるがままなのだ。


「もういいでしょうが! 触り過ぎ! くすぐったい!」

「汝、あんま暴れないで。もっとよく見せて」


「今! 絶対、汝って言葉をバカにしただろ!」

「妾そんな事しない」


「ああああああああッ! うちだけのパーソナリティが奪われる!!」


 頭を抱えてしゃがみ込むサヘラ。

 うーむ、この線でのからかいは、ほんとに傷つけそうだ。

 サヘラが本格的に落ち込む前にやめておこう。


「もう言わない言わない。サヘラのなんだから大事にしなくちゃダメだよ?」


「大事にしようにも、奪うのはそっち次第だよね……?」


 聞こえなーい、と耳をぱこぱこ塞ぐ。

 そう言えば、なんでサヘラがいるの?


「ロワお姉ちゃんは?」


「お屋敷に戻ってからは知らない。

 お母さんの秘書みたいなものだし、振られた仕事でもあるんじゃない? 

 自室にこもってると思う。うちは、……心配だったから」


「なにが?」


 にやにやと、わたしはサヘラに詰め寄り、聞いた。


「ねーねー、なにが心配だったのー?」


「い、いいでしょそんな事は! 

 あんまりしつこいと、竜の力を解放せざるを得なくなるが……?」


「うっわー、その手の平のエムブレム、自分で書いたんだー。格好いい!」


「でしょ! これ、すっごい時間かかったんだから!」


 嬉しそうに話すサヘラは、

 もうそのエムブレムが自分で作ったものだって認めていた。

 だけど、それに気づいていない。


 エムブレム、褒めてくれる人がいなかったんだろうなー。

 満面の笑みでエムブレムの凝ったところを解説してくれる。

 途中からなに言ってんだか分からなかったけど。

 わたしはうんうん頷き、たまに、すごーいと相槌。


 テキトーだったんだけど、その相槌が気持ちいいのか、サヘラの口が回る回る。


 でも、危ない兆候だね。

 自分が暴走して周りとの温度差があった時、その差を自覚した時が一番――、


 あ、自覚した。


 笑みがすっと消え、あわあわと開けた口を波打たせる。


「き、聞かれてもいないのにペラペラと喋って――恥ずかしい!」

「恥ずかしいって感情、サヘラにあったんだね」


 今更過ぎると思うけど。

 サヘラは両手で顔を隠し、そのまま背中を向けて去ろうとした――のを、

 わたしは引き止める。首根っこを掴んで、引き寄せた。


「うぉい」

「なんだ! 離せぇ! お姉ちゃんと一緒にいると、うちのボロが出ちゃうんだよ!」


「自分でボロって言っちゃった!」


 わたしと一緒にいなくとも、サヘラの設定と演技はボロボロな気もするけどね。

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