第11話 長女・ロワ

「バカなんじゃないの!? ――ほんっとに、バカなんじゃないの!?」


 全身をすすだらけにしながら、わたしは正座をさせられていた。

 見上げると、腰に手をあて、仁王立ちをしているサヘラが、ぷんすか以上に怒っている。

 サヘラも同じように全身がすすだらけで、真っ黒になっていた。

 髪も二人して、アフロみたい。


 わたしが吐き出した火の玉は、想像以上に大規模で、しかも大爆発を巻き起こした。

 ひよこちゃんはどこにいったのか分からないけど、たぶん、飛んでいっちゃった。


 わたしたちは偶然、ここ――貴族街まで飛ばされた。


 それは運が良かった、けど……。

 あれだけの大爆発だ。外の世界の砂漠や山岳……、

 そこにいた魔獣たちも、音にびっくりしたと思う。

 それくらい、大きな爆発だった。


 影響は多大だった。

 衝撃の圧が地形を根こそぎ剥ぐという現象を起こし、

 いま、貴族街では大修繕がおこなわれていた。

 修繕する部分は少ないけど、素材が貴重で、加工も難しいため、

 時間と労力と人がたくさんかかる――、簡単に直るわけじゃなかった。


 お姉ちゃんたちから能力の禁止を強くされている事が、あらためてよく分かる。

 これを日に、何発も使っていたら、シャンドラさえもぽっきりと折りそうだった……。


 怪我人がいないだけまだマシだ。

 いちばん近くにいたわたしとサヘラが、アフロ姿ですすだらけ――、

 その程度で済んだのが奇跡みたいなものだった。


「そんなに怒らないでよサヘラ。可愛い顔が台無しになっちゃうよ?」

「だ・れ・の! せいだと思ってんの!?」


「口調が素に戻ってるよ!? 竜の生まれ変わりなら、もうちょっと器が大きいかなー、

 なんて思ったりして。竜は寛容だし、人の失敗を責めるべきじゃないと思うんだよ」


「んなもん知るかっ!」


 ええ……。

 まずいよぉ、サヘラが設定を否定してきた。

 誰よりも信じて、押し通したサヘラがそれを折るとなると、

 それだけ、この怒りがマジなんだと実感する。


 確かに、約束を破って能力を使っちゃったのはわたしだけど、仕方ないじゃん! 

 こんなに一方的に責められるのは、なんだか納得いかない! 

 あのままじゃ、サヘラは下半身丸出しのまま、貴族街で醜態を晒していたと言うのに!


「それよそれ! 実はハーフパンツを上げる事ができた? でもしなかった……、

 下半身丸出しのうちを見て、面白そうだったから……? ――信じられない外道だよ!」


 ええっ、そっち!?


 今のわたしの火の玉については、コメントなしなの!?


「どうでもいいわあ!!」

「じゃあ正座するほどの罪悪感なんて持ち合わせてないよ!」


 ばっと立ち上がり、むむむ、と睨み合うわたしとサヘラ。

 姉妹喧嘩をするのは、昔からサヘラとがいちばん多かった。

 わたしが間違えて食べちゃったプリンが、実はサヘラのだったり、

 サヘラが進めていたゲームのセーブデータを上書きしちゃったり、


 サヘラが……、あれ? 

 よく考えたら発端っていつもわたしだった?


 でも、今回はわたしのせいじゃない。

 確かに、ハーフパンツを上げることはできたけど、

 それが実際にできたかと言えば、簡単じゃなかった。

 やりたくてもできなかったんだよ。


 面白がってたけど、あれは戻すのが難しいから、妥協して楽しんでただけ。


 わたしはただでは転ばないのだ!


「な、殴りたい……ッ!」

「暴力禁止ーっ」


 手を交差させて、バッテンを作る。

 暴力は絶対にしちゃダメって言い聞かせられているでしょ、昔から。

 暴力は、人間がする最も野蛮な行為だって。


 同じ事をすれば、わたしたちも同レベルになる。

 そんな事をしたら、シャーリック家の名折れだ、って。


 ずっと言い聞かせられていた。耳に残るほど、口酸っぱく。

 透き通るような、冷たく突き刺さるような声で。


 ――


「おかえり、サヘラ、タルト」


 わたしの真後ろに、いる。


 振り向けない。

 サヘラの表情が、かちんこちんに固まり、萎縮してしまった。

 さっきまで、あれだけ言い合いをしていたわたしたちの声が、ぴたっと止まる。

 次の言葉が出なかった。

 喉が塞がれているように、声が出ないし、呼吸も難しい。


 かつん、こつん、と足音。

 徐々に、近づいてきてる。


 ひんやり、背中が寒い。

 背筋が凍る。ぽん、と肩に手を置かれた。


「ただいまは?」


 耳元で言われた一言で、わたしの体が条件反射でばばっと動き、サヘラの背中に隠れる。

 そして、震えた手でサヘラの肩を掴み、顔の上半分を出しながら、震えた声で、


「た、ただいま……、ロワお姉様」


 うむ、と、お姉ちゃんはポーカーフェイスで頷いた。



 腰まで伸びる銀髪。綺麗な直線。

 真っ黒の、動きやすくした細身のドレスを着ていた。

 黒を下地にした銀色は、夜に輝く星のような神秘さがある。


 鋭い目つきは、人を無意識に威圧していて、

 その瞳に怯えた老若男女を、わたしはこれまでの人生でよく見てきた。


 鉄仮面、無感情。

 なにを考えているか分からず、言葉も事務的な事しか話さないから、

 ロワお姉ちゃん自身の考えというのが伝わってこない。

 それって、かなり不気味なものだ。


 シャーリック家の長女でリーダー的存在。

 みんなを引っ張っていってくれる頼れる存在ではあるんだけど……、

 お姉ちゃんのプライベートというものが謎で包まれているから、

 見た目以上の印象が抱けなかった。


 十五年も一緒にいて、ロワお姉ちゃんとだけは仲良くなれていなかった。

 年の近い妹のテュアお姉ちゃんとも、あんまり仲は良くないみたいだし。


 わたしは苦手。サヘラもそうだし、たぶん、みんなそうだと思う。


 わたしに近づくなオーラを出しているから、近づきにくいんだよね。

 しかも、ロワお姉ちゃんからわたしたちに会いにくる事は滅多にない。

 というか、事務的な伝達以外じゃ、あり得ない。


 じゃあ、今のこれも……?

 いやまあ、そりゃそうだろうって思う理由だと思うけど。


「タルト。能力を解放してはダメだと、約束したはずだが?」

「うっ……、いや、ちょっと緊急事態で。サヘラが危なかったから仕方なく、ね」

「サヘラ。本当か?」


 こくんこくん! と力強く、そして素早く二回、頷くサヘラ。

 そして、さっ、と目を逸らす。

 あ、もうこれ以上、関わり合いたくないって意思表示だ……。


 ぐぐぐ、とお姉ちゃんの目の前に立つ事に限界を感じたのか、

 サヘラが横に逃げようとするけど、わたしがそれを必死に押さえる。

 一歩も動いていないけど、体力だけがじわじわと無くなっていく。


 こういう時だけ、サヘラが出す力は意外と強い。

 だけども、わたしだって力がないわけじゃない。

 火事場の馬鹿力と、生活習慣の成果がぶつかり合って、結果、拮抗している。


 わたしとサヘラで踏ん張り合う。

 すっぽりと、ロワお姉ちゃんの事を忘れて。


「サヘラ。授業を抜け出した、とフルッフから聞いているが、本当か?」


「え!?」


 驚いたサヘラが、力を一気に緩めたので、

 わたしは勢い余ってサヘラを横に引っ張り倒してしまう。


 二人、重なり合ってじたばたしていると、

 日の光と一緒に、冷たい視線までもが向けられていた。


 返事をただ待っているお姉ちゃんは、その顔に感情を映さない。

 授業をサボった理由がなんであれ、

 やるべき事は変わらないとでも言いたげな表情に見えた。


 それだってわたしのただの想像。

 これまでのお姉ちゃんらしさから、思っただけの事だ。

 お姉ちゃんが本当の意味で、なにを考えているのかは、分からなかった。


「……う、うん。途中で、抜け出した……」


 とんがり帽子を深く被り、つばを引っ張り、顔を隠しながら。

 お姉ちゃんの顔を見れないその気持ちは、よく分かった。

 分かるけど、でも助けてあげられない。


 わたしも厄介な事に巻き込まれたいわけじゃないから。


 薄情にも思えるけど、授業をサボったのはサヘラの独断だから、

 わたしが助ける義理はなかったりする。

 なんでもかんでも助けてあげればいいってわけでもないし……。


 毎回、助けて、授業をサボってもいいんだ、と、

 サヘラに思われてもそれはそれで困ってしまう。


 サボってばっかりで、しかもサヘラに教え込んだわたしが言うのもなんだけれど。


「理由は?」


 お姉ちゃんの短い言葉。

 シンプルだからこそ、強く耳に残る。


「授業が嫌、つまらない、退屈……そういう理由なら、教師側にも責任がある。

 一流の教師をつけているつもりだが、サヘラが満足できていないとなると、

 私たちの見る目がなかった事になる。直ちに変更をしなければいけない」


 サヘラが息を飲む。

 確か、サヘラについてくれている先生は、

 小さな頃からサヘラと一緒にいてくれた、恩人だったと思う――、


 授業をサボったりするのは、サヘラなりの、イタズラめいた気持ちがあったりして、

 本当に嫌でつまらなくて退屈で、サボったわけじゃない……はず。


 もちろん、サヘラがそんな事を言って、責任を押し付けるとは思わないけど……。

 サヘラがいま、息を飲んで固まってしまったのは、

 長年、寄り添ってくれたサヘラの先生……、

 ロワお姉ちゃんだって、知っている人物のはずなのに、

 それを簡単に切り捨てると発言した事が、ショックだったのだろう。


 お姉ちゃんからしたら、それは事務的な事で、

 実際にそうするかどうかは置いておくにしても、

 一応は、言うべき対処の方法なのかもしれない。


 けど、それをサヘラに言ってしまうところが、残酷だった。


 サヘラの気持ちを考えていない。

 お姉ちゃんは、誰の気持ちも考えない。


 昔から変わらない性格だとは知ってはいても、やっぱり慣れなかった。


「……うちが、遊びたくて抜け出しました」


「そうか。フルッフはお前を匿い、逃がしたという事か……」


「フルッフ姉様はなにも悪くないです! うちが勝手に押し入ったんです!」


「だとしてもだ。匿う、逃がす、それはフルッフの自由だ。

 あいつがサヘラに脅されてやるはずもない。

 あいつの判断なのは変わりようがないんだ――、安心していい、

 特に処罰を与えるつもりはない。少し話し合う事はありそうだが……」


 フルッフお姉ちゃん。


 白衣を着た、自分の作り出した空間に閉じこもっている、

 プロロクお姉ちゃんと同じ、引きこもり。

 けれどプロロクお姉ちゃんと違って、シャーリック家に利益を与え、

 適度に連絡を取り合っている――、


 引きこもりと言っても、部屋にこもっているだけで、

 社会にはきっちりと毎日、出ているのだった。


 誰とも顔を合わせず、誰にも心を開かず……、

 そんなフルッフお姉ちゃんが、サヘラを匿って、逃がした? 

 珍しい、というか、あり得ない。明日は雷に雪が降りそうだった。


 あ、もしかして、サヘラが枝に引っかかっていたのって、

 フルッフお姉ちゃんが逃がしたから? 

 だとしたら優しいのか人嫌いなのか、よくわからない。


 性格が悪いのは分かるけど。


「お姉様」


 サヘラが固まっていた体を動かして、お姉ちゃんに近づく。

 わたしは引き止めるための声と手が出なかった。

 あっという間に、お姉ちゃんの目の前までいき、


「フルッフお姉様に、ひどい事をしないでください」

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