第10話 火の玉

 滞空しているひよこちゃんのくちばしには、サヘラがいた。

 体勢は変わらず、引っかかっているのが枝からくちばしになっただけだった。


 そして、ゆっくり距離を離すひよこちゃん。

 そこで――はっ、とわたしも気づく。


「さ、サヘラが持ってかれるうううう!?」


「あああああああああああああッ!?

 助けてお姉ちゃんやばいやばい! 

 って、逃げるなこらぁあああああああああああああああああっっ!」


 サヘラの、怒ってるのか泣いてるのか分からない叫びが、後ろから聞こえる。


 ひ、人聞きの悪い事を! 

 確かに、ここでチャンネルを変えた人は、間違いなくわたしを、

 妹を見捨てる薄情な姉と思うだろうけど、そもそも、

 ここから見て、わたしたちの関係性をはっきりと認知できたりするのかな?


 とかなんとか。

 一人雑談をしながらシャンドラの幹にまで戻ってきたわたしは、そこから引き返す。

 誰がっ、逃げたって!? 

 誰が薄情? 助走をしないとサヘラのところまで、飛べないでしょうが!


 幹を蹴ってスタートダッシュ。

 みしみし、ぱきぱき、と折れていく枝の上を走り、先端でジャンプ。

 サヘラに飛びつこうと――がしっ! と掴んだのは、サヘラのハーフパンツだった。


 ずりっ、と落ちる。

 わーお、と可愛らしい、ほんのりピンクの白色パンツがお披露目だった。


「ひっ――」

 股を閉じて、手でパンツを隠すサヘラは深く息を吸い、

「きゃああああああッ!?」


 恐怖なんか忘れて、羞恥だけに悲鳴を上げていた。

 なら、これは不幸中の幸い?


「お、お姉ちゃんのバカ! 上げて、早く!」


「できるかあ! いま、飛んでるんだよ? 足ついてないんだよ? 

 ぶら下がってるんだから、サヘラのハーフパンツが命綱なんだよ!?」


「いま、うち、空中でパンツを見せびらかしてる恥ずかしい人になってるよ!?」


 誰も見てないから大丈夫。

 わたしはばっちり、角度的に見えちゃってるけど。


「お姉ちゃん、あんまりじろじろ見るなら落とすよ……!?」


「じゃあ、サヘラはハーフパンツを失うわけだね!」

「うぐっ、……それは、やむを得ない代償よ!」


 意外と覚悟をお持ちのようだ。

 もう見ないです、と約束していると、ひよこちゃんが滞空をやめ、浮上する。


「うええええっ!? さむっ! 下半身が寒いッ!」

「風を切るとねー、やっぱり夏間近でも寒いかな」


 わたしはそうでもないんだけど。


「ちょっと待って、このままじゃ貴族街に出ちゃうってば!!」


「あ、そっか。じゃあちょうどいいじゃん! 

 運んでいってもらえば、楽に上までいけるし」


「下半身、丸出しって言ってんじゃん!」


 誰が見てるでもないと思うけど。

 年頃の女の子なら、そういうのを気にするのかもしれない。

 サヘラもそういう年頃になってきちゃったんだねー、と、しみじみ思う。


「お姉ちゃんと二歳しか違わないよね……?」

「二歳って、思っている以上に大きな差があるんだよ?」


 なんだか、納得のいってなさそうなサヘラは、それでも無理やり納得させたらしい。

 あ、いや、保留にしただけだった。あとでまた話題を出されると思う。


 そんな、いたたた、な妹は、下半身丸出しな面白い体勢のまま、シュールな絵面で考える。


「貴族街にいきたくないいきたくない……、なんとかして途中下車しないと……っ」

「ねえ、竜の生まれ変わりなんでしょー?」

「いまそれを、ここで持ち出すのは卑怯や!」


 なんで方言が出たのかは置いておき、途中下車するための方法として、一つ。


「なになに!?」

 興味津々にサヘラが食いついてくる。


 期待されても……、

 言っておくと、わたしには無理だからね?


 そう前置きしてから、


「とりあえず、能力解放すれば?」



 わたしたち亜人には、種族に備わった能力が存在する。

 亜人もたくさんいるから、大半を省略するとして、じゃあ精霊に焦点を絞ってみようか。


 わたしたちは『竜』の『精霊』。

 竜の精で、【ドラゴンドーター】。

 

 竜に付き従い、彼らを守護する役目を持って生まれた種族。

 だけども、最近では精霊は精霊で生きているし、

 付き従うべき主と顔も合わせない事が多い。


 わたしたちの主様は竜なんだけど、

 そもそも、竜は今、この世界では存在していないため、会いたくても会えないのだ。


 精霊も、竜だけではなく、他の亜人にだっている。

 亜人の数だけ精霊はいると言われているけど、

 そこのところの出現状況というのは、わたしも詳しくは知らなかった。


 主様と従者で喧嘩しているところもあるらしいし、やっぱり、関係性はそれぞれだ。

 首を突っ込むつもりはないから、あるべき姿で役目を全うしろ、と言うことはしない。

 自由を侵す、それはそれで、罪の一つ。


 じゃあ、竜の精であるわたしだけが持つ能力というのは、予想できると思うけど、

 竜が持つ能力を、そのまま受け継いだようなものだ。

 けどまあ、もちろん違いはあり、というか、劣化しちゃってるんだけども。

 言っちゃえば、パチモンだった。


 だって、そもそも竜と言えば、

 巨大な体、鋭い鱗、輝く牙、獰猛な瞳、体を覆う翼、剛腕……、などなど、

 わたしたちを見れば分かる通り、体の構造がまったく違う。


 竜の精と言わなきゃ、誰も気づかない。

 亜人と言うけど、人に近過ぎる。


 人間と瓜二つだった。


 だからまず、わたしたちは竜に近づかなければいけないのだ。

 なら当然、わたしたち、竜の精が持つ能力というのは必然的に――、




「ふんぬぐぐぐぐぐぐ!」


 下半身丸出し(パンツは履いてます)で、

 力む妹を真下から見上げるって、こんな体験、二度とできないと思う。


 ひよこちゃんは、自分が持つものが、

 こんなに面白い状況で面白い事をしているのを知らないし、気づく気配もなかった。


 魔獣って、基本的に知能は低いからねー。

 竜は知能が高いために、姿形は人間からかけ離れていても、一応、亜人に分類されている。


 人間よりも賢い竜って、かなり脅威だと思う。

 この世界に今いないのは、生態系を狂わせてしまうから、という都合もあるのかもしれない。


 ぽんぽん、と、間抜けな音が鳴った。

 と、わたしの顔に、塵のような火の粉が降りかかってきた。


「――うわっ、熱い!? ちょっとだけ熱い!」


 びっくりしただけで、実はぬるかった。

 サヘラは目を輝かせて、わたしを見ている――え、なにその期待の目。


「で、できた! いま、一瞬だけ火ぃ吹けたっ!」


 できたことが嬉しかったのか、サヘラは続けて、魔力を消費し、

 ぎゅう~、と、目をつぶって、力を溜める。


 そして、段々と頬を膨らませ、一気に吐き出す。

 一瞬、顔よりも大きな火の球が出現したけど、

 一瞬で花火みたいに、八方に散ってしまった。


 その塵がほとんど、

 わたしに降りかかっている事を、サヘラは気づいて……、ね?


「でも意外。サヘラは火を吹くくらい、楽勝にできると思ってたのに」

「授業になったら毎回のようにサボりを誘ってくるお姉ちゃんがそれを言うか……」


「というか、竜の生まれ変わりなら火くらい、吹けるんじゃないの?」

「あ、妾、竜の時の力はまだ取り戻せていないのだ。……いずれ覚醒する――」


 また設定を勝手に追加して……ってわけでもないのかな。

 サヘラは確かに能力を使えない。

 わたしとは違って、魔力が弱過ぎて、能力として放出してくれないのだ。


 活発に動いていたわたしと違って、寝たきりが多かった昔のサヘラは、

 やっぱり魔力の育ち方が違うのかも。

 強くあってほしいけど、わたしほど強くても、それはそれで問題だった。


 ぽんぽんっ、ぽぽぽん! 何度も何度も、火の玉を吹こうとしても、まったく成功しない。

 吐き出しては散って――を、繰り返している。魔力も無限じゃない。

 サヘラは魔力の量も多いわけじゃないから、そろそろ限界だと思う。


「どうして、ぜんぜん維持ができないんだろ……」


 ぜえはあ、と言う余裕もなく、顔を青くして、ぐったりとしていた。

 あ、まずいな……、魔力が枯渇してきちゃってる。

 休んでいれば魔力も回復するけど、ほんとうにちょっとずつだ。

 しかも、サヘラの微量な回復だと、尚更少ない。


 魔力は体力と一緒。生命力とも言える。

 それがなくなってくれば、もちろん、体調が悪くなる。


 プロロクお姉ちゃんみたいに、体が元々弱いと、その効果はかなり体に負担になる。


 下半身を隠す事もしなくなったサヘラは、羞恥心に意識を割く余裕もない。

 被っているとんがり帽子が脱げ、落ちる。

 わたしは咄嗟に、それを掴んだ。指先でかろうじて。

 それを胸に抱え、目をつぶったサヘラに気づく。


「……もー、しょうがないなあ。全部を巻き込んでも知らないからね!」


 わたしはサヘラの体を這い上がり、ハーフパンツを上げてあげる。

 丸見えだったパンツが、綺麗に隠れた。


 それ、最初からできたんじゃないの? と思うかもしれないけど……、実を言うとできた。

 サヘラの慌てる姿を見たいがために、あのままにしておいたのだ。


 でもでも、ハーフパンツをずり下ろしちゃったのは、偶然だけどね!


 サヘラと顔を合わせる。

 わたしが目の前にいる事を、この子は気づいていない。


 ぐったりと、気を失っちゃってる。

 魔力を使い切る寸前までいくほど、頑張っていた。

 頑張って、能力を使おうとしてくれていた――、

 いい子いい子、とお姉ちゃんのように、頭を撫でてあげる。


 わたしはお姉ちゃんだから……だから、姉らしくしないとね。


 とんがり帽子を被せてあげて、真上を見る。

 ひたすら上を見て、ゆっくりと飛ぶひよこちゃん。


 二人を持って飛ぶのは、やっぱり疲れるのかな。

 でも、それなら好都合。わたしにも時間があるって事だから。


「えっと、確か体内の魔力を口に含んで、全部を前に飛ばすイメージ……」


 で、火の玉が出せた気がするけど……、どうだろう。

 説明を言われても、わたしって、分からないタイプだからなあ。


 やってみればコツを掴めるんだけど、わたしの場合は、

 試し撃ちさえも禁止されちゃってるからなあ。コツを掴むきっかけを作れないのだった。


 自分の暴発の威力を、誰よりもわたしが知っている。

 躊躇う気持ちがないわけじゃないけど、

 足を踏み出さずに後悔したくなかったし、わたし自身、今ここでしたいと思った。


 だからする。吐き出す。

 全力で謝るから、許してね!


 サヘラを抱いて自分を盾にし、口に溜めた魔力を火に変え、思い切り吐き出した!


 ひよこちゃんの顎に、わたしの火の玉が直撃する――。



 瞬間――、 


 貴族街、全体を照らすほどの、


 太陽が爆発したかのような光景と音が、大陸中に轟いた。

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